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第一回笹井宏之賞応募50首「図書館だった街」/未補

シロナガスクジラの腸に図書館を詰めて海にも文字を教える

黙々と迂回路を行く書誌の街 増築工事のめどがたたない
  
目録を書かれた君を探すのは簡単すぎるどこにでも行け

にんげんに分類記号を貼りつけて正しい位置に並べ替えたい

引くごとに宇宙になってゆく君の辞書としてあるわたしも宇宙

ここでいいの?ここがいいの?0類の書架はゆらゆら司書もふらふら

不揃いな長さの爪の子はみんな禁書の棚に挟まれる罰

足の裏むおんむおんは堆積しやがて無音のわたしができる

一類の書架でぼんやりしているとあたまのなかみをすこし吸われる

先生が読まない本のまえがきになって真昼に密会しよう

新人の司書はもくじに触れるたび花になるのでとてもまばゆい

加除式で愛して欲しい減らしてもいいからいつも最新がいい

「探せない」途方にくれた司書が泣く二類の棚の匂いが消えて

やわらかい紙に織られた文字たちは意味をさぼって眠りのなかに

バスタブを紙で満たせばぽろぽろと司書の肌から剥がれる秘密

三類の本はおりおり川になる歴史の棚に引き寄せられて

アボカドの種をぴたっとはめ込んだ天空に住む巨人のおへそ

本の海飽かずに潜る息を吸うことも忘れて司書はさかなに

「目に見えるものだけ見てもいいんだよ」目をあけて読む四類の本

紙魚たちはおいしい場所を知っていて「ま行」ばかりが抜け落ちていて

ねえデューイ宇宙は秩序なのでしょう?わたしを数字で呼んでもいいよ

五類の書架は役に立つ出産のコツから銃の選び方まで

さびしくて空白ばかり食べている司書のおなかに浮いた暗号

珈琲の河がないこと嘆いては地底人がスタバを占拠し

発展につぐ発展 六類の本は仕事に追われて、あ、また

栞売りに恋したせいで続きしかない本ばかり積み上がりゆく

水葬の本を掬った司書の指うとりうとりと夢がもれ出て

めくるめくるページをめくる革命はめくるめく劇あなたも演者

アドリブで乱痴気騒ぎの文字たちはわれもわれもと七類の書架

音のない夜とあなたの指先が凹凸に触れおはなしになる

あとがきを読まぬわたしは抱かれても話をせずに眠ってしまう

かみさまの文字のようだねよもすがら数なく君がつけた爪あと

八類の書架はことばを食べるからここじゃ秘密を話していいの

行間に眠ってしまう栞紐生きている詩が退屈すぎて

脈絡をさがし朝まで眠れない乱丁本と知っているのに

生まれつき落丁ばかりのわたしたち欠けたページを誰かにさがす

広辞苑いちまい、にまい、散ってゆくすべて忘れてわたしは白紙

「ほんとう」と「うそ」の境がふにゃふにゃで「ひと」もまぜこぜ九類の書架

「一夜貸しばかりねわたし。あの窓で欠けてく月を見ていたいのに。」

もう二度と会えない人を思いつつ絶版本の表紙にふれる

うそばかり刻む石板せきれいは直したがって尾を打ちつける

無花果は歯をむき出して笑うつられた本たちが転がり落ちる

秋風が図書館じゅうの本を読み散らかせばもう冬のおとずれ

ほうほうと絵本の中のふくろうが鳴いたら街の子どもが減った

積めるだけ舟に積み込む稀覯本 これは駆け落ち 追いかけないで

街の広場は焚書の煙肺にまでいれたら危険とうめいになる

本燃えて文字の遺灰を舐めている少女は変わる未明、書物に

水たまり浮かぶ死骸は君の文字 誰も気づかずまた雨になる

わたしは一冊の本 めくって せかいのすべてめくっておやすみ

この街は図書館でした今はもう除籍印だけぽんと押されて

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