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あなたしか見えない。(第一話)

「あの子、妥協で結婚してんで」

そう、愛子が話すのを、ぼんやりと聞いていた。

「前の彼氏と結婚できへんかったからって、お見合いサイトで知り合って2か月で結婚するなんて」

指に持ったタバコの灰が長く伸びて、私は吸うか置くかしてほしい、と思う。

「あんなん、好きになったんちゃうで。安定が欲しかっただけや。なんや言うて、結局、お金があってモテなさそうな男なら誰でもよかってん」

そう話す愛子は、お見合いサイトに登録したものの「ピンと来る男がおらん」と、すぐ退会していた。

「結婚するんやったら、ほんまに私を愛してくれる人やないと」

と、いつも言っている。

しかし私にとっては、自分の幸せだけを考えているという点で、どっちもどっちだった。

(あんたも、相手の愛を利用して、心の安定を得たいだけちゃうのん)

そう言えたらどれだけスッキリするだろう。

急に退屈を覚えて、愛子が次のタバコに火をつける前に、スマホを見て慌てたフリをした。

「ああ、ごめん、もう時間や」

「そうなん?」

「オンライン英会話、予約してるねん。ごめん、またゆっくり話そ」

コートを着て、会計を済ませ、カフェの重いとびらを開けると、風がびゅう、と顔に当たった。

愛子と別れ、地下鉄の階段を降りる。

ホームに整然と並ぶ、疲れたサラリーマンの顔。

(みんな結婚してるんやろか……)

大学からの友達の中で、結婚してないのは、私と愛子のほかにも何人かいる。

私以外、みんな婚活中だ。

私は、なぜか昔から、結婚というものに夢も希望も持てないでいるので、特にしたいとは思わない。

かといって、やりたいことがあるわけでもない。

(誰かのお金でのんびり生活できたら、それは楽やろうなあ……)

そんなことをふと考え、それでは愛子たちと同じではないか、と気づいて反省する。

(卑しいこと、考えたらあかん)

ホームに電車がすべりこんできた。

御堂筋線は今日も混んでいて、座ることも入口近くを陣取ることもできず、ぐいぐいと奥に押し込まれていく。

一瞬心に浮かんだ寂しさを封じるかのように、ドアが閉まった。


私の生活は、単調である。

朝起きて、会社に行って、たまに少し残業して、スーパーで食べ物やときどき缶チューハイを買って、テレビを見ながら食べて寝る。

見事に完結していて、「安定がほしい」と言うなら、もう手に入れてると思う。

前は彼氏もいたが、長く付き合うにつれ、それこそ「結婚する気があるのかどうか」ばかりが気になって、そんな自分を

(卑しい)

と思い、別れた。

今思えば、本当に結婚するかどうかよりも、「結婚したいと思うほど本気かどうか」が知りたかったのだ。

もしプロポーズされていたら、それだけで気が済んだのかもしれない。


買ってきたお惣菜を電子レンジに入れたところで、スマホが鳴った。

LINEの通知を見ると、安井さんだった。

「今日、早く終わってんけど、よかったら飲みに行こう。」


少し疲れていた気持ちが、ふわっと軽くなる。

鏡の前で化粧を直しながら、

(今日どんな下着やったっけ)

などと考えていた。

(第二話につづく)



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