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『心ここにあらず 今を生きたく』


 「何か、おじいちゃんと話してるみたい」
 
 最後に映画館で観た映画を聞かれて「何だったっけなぁ」と即答できないでいると、助手席の君はそう面白がるようにして笑った。ようやく一年以上前に『竜とそばかすの姫』を映画館で観たことを思い出したものの『そばかすと竜の姫』と言い間違えてしまい、君は「竜とそばかすの姫でしょ」とそれを訂正した。電話で何度か話した時も、そうやって何か聞かれたことに対して「何だったっけなぁ」とすぐに答えられないことが多々あったし、「生きていくうえで譲れないことって何?」みたいな話になった時もパッと出てこなくて、自分自身にかなりショックを受けた。今まで自分なりにあれこれ考えながら生きているつもりだったけれど、実はそれは思い上がりで「ボーッと生きてんじゃねーよ!」とチコちゃんにも叱られてしまうような生き方をずっとしてしまっていたのかもしれない。


 また時々ふと、今にフォーカスして生きることができているか省みると、心ここにあらずなことが多いように思う。朝の通勤電車で好きな音楽を聴いていても、気づいたら「仕事に行きたくないな」「納期に間に合うだろうか」「会社に着いたらまずアレをやって……」などといった具合に仕事のことで頭がいっぱいになっていて歌詞が全く頭に入ってこず、いつの間にか次の曲が始まってしまっていることなんてしょっちゅうだし、ニュースを観ていても仕事と恋愛の悩みや不安などといった何か別のことを漠然と考えてしまっていて、ボーっとしてしまっていることもある。


 そういえば興味のあることも取っ散らかっていたので、一度紙に書き出して整理した。その一つとして、今に集中することも兼ねて近頃料理に熱を入れ始めた。調味料を揃えることを億劫がっていたのを「すぐに腐らないから」と後押ししてくれたのも君だった。しかし、そうやってようやく少しずつ生き始めようとしているこの僕の今に、君はもういない。

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