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『徐々に部屋を暗くして入眠、バスタオルは干す前にピシッ。白米は少し硬めに炊いて、たわいもなくサミる。』



 電話で話すことをパートナーとの間で「サミる」と呼称している。
 語源は、付き合う前から「今日の夜、寝る前にサミットしようよ」と電話をする約束を取り付けていたことにある。次のデートでどこに行くか話し合ったり、当時パートナーが抱えていた悩みをどのように解決していくか一緒に作戦を考えたりしていたので、我々にとってその時間は"サミット"と言っても決して過言ではなかったのだ。ちなみにいつの日からか「サミる」と略し始めたのはパートナーの方で、今となっては「明日の夜サミかしこまり」とか「今日の夜サミ9時以降希望です」などといった具合に、彼女はいよいよ「サミる」をさらに「サミ」と略し始めてさえいる。最近では、たわいもない近況報告やおしゃべりだけの電話の最後にすら「サミありがとう」「センキューサミ」などという言葉が飛び交う始末ではあるけれど、離れた街に住んでいてパッと会うことのできない我々にとって、この"サミる"ことは日頃からコミュニケーションを取って意思疎通するうえで結構重要なことだとも思っている。
 ちなみにこれを書いている直近のサミでは、生理痛と鼻くそについてパートナーと意見交換を交わしたばかりだ。

 また、そのようにサミっていたとある夜、眠くなってきていたパートナーが電話越しに突如「そろそろ入眠する」と言い放った。それは、すぐそばにあったはずなのに日の目を浴びていなかった”入眠”というワードにスポットライトが当てられた瞬間でもあった。その独特な響きでありわかりやすさにすっかり虜になった我々は、その日を境に寝ることを「入眠(する)」と言うことになる。

 さらにその入眠方法にまで話を広げると、常習的に部屋の電気を点けっぱなしにした状態で寝落ちしているこちらとは裏腹に、元々からパートナーは徐々に部屋の明るさを暗くしていくことで心身ともに入眠モードに切り替えていき、最終的には完全に消灯してから入眠することを既にライフスタイルとして徹底していた。そのようにして睡眠の重要性を心得ていたパートナーからどこかのクリニックのホームページの「電気をつけたまま寝ることで起こる悪影響」についてのリンクがLINEで送られてくることや、日常茶飯事で「ちゃんとお風呂入って電気消して寝てるの?」と調査が入ることは、やっぱり避けては通れないことだったのだ。入眠前にサミっていると電話越しに彼女が消灯した時の「ピッ」という電子音が聞こえるので、その度に「あ! 今、電気消したでしょ!」とツッコミを入れるのもだいぶ板に付いてきたように思う。
⁡  ちなみに言わずもがな、消灯してから入眠するのとそうでないのとでは、その睡眠の質の良し悪しは歴然である。先刻承知だったはずではあるけれど身を持ってそのことを痛感してしまったからには、現在その骨の髄まで染み付いてしまった「電気を点けっぱなしのまま入眠してしまう」という悪癖と闘いながら、日々抜本的な意識改革とリハビリに取り組んでいる。

 それから、洗濯物のタオル類は干す前にはたくようにしてピシッと伸ばし、畳む時も手でアイロンを掛けるようにして伸ばしながら畳むことでふんわりすることを教えてくれたのも、やっぱりパートナーだった。
 ベランダから取り込んだばかりのゴワゴワでパリパリしたバスタオルが、実際に彼女の手によって息を吹き返すようにふんわり畳まれるのを目の当たりにした時は、それはそれは目から鱗が落ちたものだ。

 他にも、白米を炊きながら仕事から帰ってくるのを待ってくれていた時に、そのパートナーが少し硬めに炊いてくれた白米が美味しくて、見事に今までの炊飯観をひっくり返されてしまったなんてこともあった。
 あの日を境に、自分自身で白米を炊く時も以前のように内釜の目盛り一杯まで水を注ぐのではなく、その目盛りの少しだけ下辺りまでにとどめることを心がけ、少し硬めに白米を炊くようになった。

 今までみたいに一人で過ごしていたら、帰宅が夜遅いことを言い訳にして、電気代を無駄にしながら偽善じみた少々の罪悪感を抱えるだけで電気を点けっぱなしのまま平然と寝落ちしていたのかもしれない。それにバスタオルだって、相変わらずゴワゴワでパリパリのままだったのかもしれない。
 実は少し硬めに炊いた白米を好きになる新しい自分自身に出会うことだってできず、今までどおり面倒臭さが勝る惰性のまま内釜の目盛りを一杯にして白米を炊くだけだったのかもしれない。

 きっとそれでも生きていくことはできるけれど、仕事に追われる日々に忙殺されたままそういった日常の些細な機微やささやかな豊かさに気づける余裕なんて、やっぱりないままだったかもしれない。

 二人だからこそ気づけることがあることに、少しずつ気づき始めている。
 あとは、一人も悪くはないけれど、二人だって悪くないことにも。

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