ひとけん読書会No.1 _ 磯野真穂,『医療者が語る答えなき世界:「いのちの守り人」の人類学』, ちくま新書

ひとけんnoteでは、今後、これまで行った読書会の記録をアップしていきます。

日時:2019年10月26日
選定者:Mi
参加者:I・H・O・Ma・K・N

選定図書:磯野真穂,『医療者が語る答えなき世界:「いのちの守り人」の人類学』, ちくま新書, 2017


選定者より課題図書の選定理由やメンバーへの一言


 医療者が同じ立場(研修医どうし、医学生どうし、など)で医療について語ったり疑問を抱いたりすることは多くあっても、医療について別の立場から、客観的に考えることはなかなかないと思います。この本は文化人類学者である著者が医療現場でのエピソードをインタビューを元に執筆しており、医学的な問題ではなく「人間とは」というより広い目線で考察がなされていると感じます。この勉強会では様々なバックグラウンドを持つ方々が参加しているので、この本をこのメンバーで読むことで普段できない「異なる立場から医療を考える」ことが達成できると考えました。


選定者より書籍の概要


 文化人類学の著者が、8つの医療者の物語を紹介しています。それぞれの物語の中では、医療者が普段の職務を行なっている中で感じた疑問や葛藤、直面した困難について会話などを交えてリアルに語られています。決して医療者が普段感じている困難について一般に知らしめよう、というするものではなく、その中から「人とどう関わっていくのか」「医療は今後どう進んでいくのか」などといった問いを各個人に示してくれています。患者を助けるためにひたすら進み続けるしかできない医療者が直面する不確かさや抵抗について、文化人類学者が一度立ち止まり、私たちに考えるきっかけをくれているような本だと思います。


選定者より事前共有事項


 この本の中からとくに私が気になったトピックは「手術と呪術」「効く薬とは何か」についてです。当日は主にこの2つに触れていきたいと思っています。


選定者より進め方の共有


 上であげた2つをメインに、問いを交えながら話していけたらと思っていますが、まずはみなさんの率直な意見や疑問などをお互いに交換し合えたらと思っていますので、当日に問いについては発表させていただきます。


読書会の記録


Mi:まずは「手術と呪術」について話したいと思います。手術をする際には、清潔と不潔の区別が生じます。その立場は、手術終了後には逆転します。それはなぜなのか。また、その区別自体が不合理なのではないか、ということについて述べられています。p.83の最後数行についてですが、構成員による非合理なルーティーン・コンセンサスが、この現代においても存在するのではないか、と思いました。
H:ラボにおけるクリーンベンチの使い方と一緒ですね。ラボによってルールが異なる。シャーレを上向きにおいておくのか、下向きにおくのか、などもラボによって異なるけれども、それぞれにロジックがあるようです。
Mi:私も複数のラボに所属させてもらっていますが、それぞれにローカルルールがあって、おまじない的な決まりごとがある。現代でも、このようなことがあるのかと思いました。
I:それぞれの場所で、そのローカルルールに実は自覚的ではない点が面白いですね。
Mi:p.84を見てください。事実そのものより、良い結果への希望的なものが大切であると思いました。
I:現代の手術における「清潔」と「不潔」はそのような願いを込めていることに自覚的ではなく、ルーチーンの側面が強いかもしれません。
Mi:そうなんですね。実臨床は分かりませんが、筆者なりの面白い観点だと思いました。

Mi:さて、ここで皆さんに問です。身近なところで、このような「呪術」の例はありますか。例えば、トイレの後の手洗いとか。
H:食べ物を落とした後の3秒ルールはどうでしょう。友人にこれを研究している人がいて、「6秒ルール」ということが分かったみたい。いろいろな食材でn=4、5くらいについて、落としてから何秒で菌が生えてくるか実験をしていました。
Ma:天皇もそうかもしれません。先日の即位式の時に、晴天だったことが話題になっていました。天皇は「日本国の象徴」とされていますが、これは実質的にどのような存在なのでしょうか。ともかく「呪術」というのは、文化人類学者ならではの指摘ですね。
H: 文化人類学者は、このような事例を記述すること自体に価値をおいているんでしょうか。
Mi: 記述すること自体よりも、その事例に基づいて医療者が立ち止まることができる、ということを書いていますね。
I: 社会に役立てるという観点の有無でしょうか。
H: 文化人類学者の関心の焦点が何なのか気になるところです。

Mi:では次にもう一つの問です。このような「呪術」は今後、なくなって行くと思いますか。
K:科学的検証によって、減って行くと思います。(例:健康診断の座高)
N:上のような自明な例であっても、かなりの労力が必要であって、難しいところがあるようですね。清潔・不潔の話には、科学的に問題点はあるかもしれないが、感染などの現実的な問題は生じていないため、あまり注目されていないのではないでしょうか。危機意識を持っているかどうか、だと思います。一旦、働き出す(現場に入る)と、「呪術」に慣れてしまって難しさがある気がしますね。医療者もおざなりに手洗いをしている例もあります。問題が起きていないのは、本当に問題がないのか、それとも過剰に予防策をはっているのか、気になるところです。
Mi: なぜ今まで残っているのか気になっていましたが、変える必要がないからなのですね。
N: 「呪術」は必ずしもなくならないといけないものではないのかもしれません。受験時のキットカットなどの例もあります。

Mi:5章においての漢方についてのトピックです。漢方がevidence-basedではないと言われているため、西洋医学に遅れをとっているという記述がありましたが、漢方と西洋医学は別の基準で考えられるべきではないかと思います。むしろ、今後医療はポピュレーションを対象とする西洋医学から、個々を見る漢方側によっていくのではないか、そうあっても良いのではないかと思いました。
I: そうですね、ただ寄せ方が難しいところです。教育とセットで考える必要がありそうですね。
K: そもそも西洋医学は十分に科学的なんでしょうか。生命現象の解明などは科学的かもしれませんが、病気の治療は人間の営みであって、純然たる科学とは異なる気がします。東洋医学と異なって、根拠があるため、西洋医学を信じるようなことはあるとは思いますが。
O: 西洋医学の薬より漢方の方が自然に近いものであって、体に良いような気がしています。
Mi: 患者としても漢方を選ぶということでしょうか。
K: プラシーボの逆で、漢方だと天然物のイメージがあるため、実際に効くとしても効かない感じがするかもしれません。
H: それをノーシーボ効果と言いますね。
N: 漢方には効果が認められているから続いているのか。どういう経緯で現在、世に出回っているのか、どの程度の効果が認められているのか気になります。科学は発展途上であり、「わからないもの」を世に出してもいいかもしれませんが。
H:現在世に出ている薬の中でも、作用機序の分かっていないものは多くあります。作用機序よりもどのくらい効果があるのかで、世にでるかどうかが決まっているというところはあると思います。


選定者より読書会のまとめ


Mi: 文化人類学のスコープから医療者が日常の現場を見直してみることは大切だと思います。文化人類学の観点から書かれた本を読んでみるのも面白いと思いましたので、皆さんにもおすすめします。
H: 話はずれますが、実際には薬効がないが流通している薬剤を再評価すれば面白そうだと思っています。
N: そういえば、日本人にはプラシーボ効果が強く現れる、ということを聞いたことがあります。
H: プラシーボの人種差の話ですね。それから、先日、知人にこの本を紹介されてました。今後の読書会の課題図書の候補にどうですか。
『ヴィーダ』


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① 私たちの身の回りには自覚的でないルーチーンが溢れており、その成り立ちに意味があるものも多いようです。一度身の回りのルーチンを意識してみると面白いかもしれません。
② 今後、この読書会でも文化人類学の視点を学んでいきたいと思います。

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