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原作『攻殻機動隊』全話解説 [第七話]

前回[六話]

第七話 PHANTOM FUND

第七話は新浜を離れ、北端の択捉を舞台にした異色の回です。イノセンスでは択捉経済特区という舞台として、2ndGIGでは終盤に本エピソードが素材として使われています。今作はアクション・ストーリーも濃厚で、一巻の中でも面白い回だと思います。

(電子書籍の方はページ数をプラス4してください)


p148・149

p148 1コマ目

新たに配備された銃を点検している素子。一コマ目右側にあるのがセブロ「C-25A」で左側が「26A」。より”P90"に似た26AはSACシリーズでたびたび使われます。
この世界の銃器については第三話解説のp60・61にて解説しているのでそちらを参照してください。

排莢が銃上部から排出されるという特殊な機構になっているため、ジャムる(詰まる)んじゃないかと、素子は心配しています。
しかし素子は第三話のバン内にてすでにC-25を点検済みだったはずだが…。3話に登場した”C-25”はC-25Aとは別物なのだろうか? 謎です。

p149 3コマ目

フチコマが1課の思考戦車と情報共有したことによって、フチコマが何かを悟りそうになりますが、寸前のところで素子に中断されてしまいます。大樹の根のイメージは、素子が人形遣いと融合する最終話でも用いられており、先の展開を予告させるものとなっています。

p150・151

どこか(おそらく北海道)でヘリポートを監視する素子。ソ連の外交官を警護しています。

p152・153

九州庁 首都 福岡」という単語が初めて登場しました。この世界では、第4次世界大戦の核攻撃で東京が壊滅したため、福岡が首都になっており、さらに戦後に県の上位に「庁」という行政単位が導入されたようです。というのを読み取れる読者が本当にいるのか…?

ちなみに世界観の繋がりは不明ですが、『ドミニオンC1』は近畿庁が舞台です。想像ですが今の日本より地方分権が厳格なのかもしれません。
(ドミニオンC1はシロマサ作品の中ではあまり読まれてない印象ですが、作者の中でも特に油の乗った時期に描かれた傑作なので未読の方はぜひ読んでほしいです。ドミニオンFとの繋がりはなく独立しています。アニメは……)

ソ連の外交官が、「自分の後任のアセチノフは中央(ソ連)の人選ではなく、マーロフ将軍の資金操作によるもの」という情報を残していきました。

そのアセチノフが入国させた、コイル・クラスノフというサイボーグを監視するのが今回の任務です。矢野という男が現在コイルを監視しています。

p154・155

択捉支庁」という単語が出てきました。”庁”ということは、この世界ではどうやら択捉は日本に帰還していることが伺えます。
アップルシード イラスト&データの年表によると、北方四島は1991年に一部にソ連軍基地を残し日本に返還されたという記述があります。

その択捉の「ベルタルベ区」の地下工場を「佐川電子」が拡張工事をしています。ベルタルベ区はかつてソ連基地があった地域です。
佐川電子がベルタルベ区を工事し、そして工作員が入国してきている現状はどうもきな臭い、というのが現時点の話です。

p156・157

巨大なビルに埋もれた択捉が登場しました。チームはそれぞれ分かれ、素子は佐川電子本社の調査に向かいます。

p158・159

「フチコマ 絶対にはぐれるな!」と言われてるのに、屋台に夢中になって迷子になるフチコマ。

p159 6コマ目

屋台で物売りをしている猫耳を付けた二人は『ドミニオン』シリーズに登場するアンナプーナとユニプーマ。1.5巻の6話にも登場しているので探してみてください。”新地”は当然大阪のこと。

p160・161

佐川電子の社内です。公安9課が光学迷彩で択捉に降り立ったときの写真が撮られています。偉そうにしているのが佐川電子の幹部である加賀崎。

コイルを尾行していた矢野がベルタルベ駅で殺害されていました。

p162・163

バトーが無線で荒巻に怒鳴りつけます。

バトーの暴言にイシカワが「あッ バカよせ!」と止めるのは、上司への暴言を諌めてるのではなく、前ページの「糸をはって有線しろ 今後一切の無線通信はするな!」という素子の命令に反したから、なのかなと考察。

余談も余談ですが、p163一コマ目の街頭ニュースに映っているキャスターはp292・p303で描かれているキャスターと同一人物のようです。2029年の大物キャスターなのかもしれません。

p163・p292・p303

p164・165

素子は「情報屋クロルデン」に会いに行きます。

p166・167

この世界の戦後情勢が語られている希少なシーンです。

SSSの公式サイトによると根室上陸工作戦とは「第四次非核大戦末期の本土決戦」らしいです。SACシリーズは原作と微妙に設定が違ってたりしますが、先の大戦の作戦というのは間違いないでしょう。
核は第三次世界大戦(1996)でほぼ使い果たし、第四次世界大戦(1999~2026)は通常兵器による泥沼の戦争だったという設定があるので、それと一致します。

クロルデンの「ソ連もドイツルートのEC化」というセリフから、あるタイミングでソ連もEC(EUの前身です)に参加していたようです。第四大戦はアジア諸国対米・ECの戦いでしたが、このECにはソ連は入っていたんでしょうか?*1 いずれにせよ、ソ連の本土を足がかりにして日本の北端からEC・米が攻め入っていた様子が浮かびます。その防衛戦に軍人として素子も参戦していたのでしょう。

(*1. p192でフチコマの前身となる思考戦車がソ連戦艦と戦っているので、やはりソ連と開戦していたのかも)

クロルデンはかつては内閣報道庁に努めていたそうです。2nd GIG通りの設定なら、おそらく内閣の情報機関。GIGでは内閣報道庁は内閣情報庁として再編され、公安9課と対立します。
日本に実在する情報機関としては「内閣情報調査室」があります。庁にするのが好きですね、この漫画。

p168・169

佐川が進めている地下拡張の工事現場に到着したバトーとイシカワ。佐川建設は佐川グループの一つ。ほかに、軍需品を製造している「佐川重工」(第二話で登場してましたね)、この騒動の主役の「佐川電子」、光学機器を製造している「佐川光機」の名前が登場しています。巨大なコングロマリットのようです。
ちなみに佐川社はSACにおいて笑い男事件の脅迫被害を受けています。不遇。

バトーは嘘をついて現場の作業員を退避させます。
作業員の言う「同じのが一組」はトグサでしょうが、「本社のスーツ隊」は佐川がなにか工作を始めたことを予告しています。スーツはアームスーツのこと。

p170・171

前ページに続いて、バトーのフチコマのブレーキオイルが不調で、前線に落下してしまいます。p150にてバトーが自分のフチコマにだけ特製の天然オイルを与えているという会話が前フリになっています。

先行したトグサと佐川隊の戦闘にバトーが巻き込まれますが撃破してトグサと合流。アームスーツの敵はp160で出ていた佐川職員。

p172・173

小ボートを見つけたバトー。そこには金塊が積まれてありました。そこに両手に金(キン)を抱えてやってきたのが探していたコイル・クラスノフ。

p174・175

コイルを取り押さえようとしたバトーでしたが、コイルが遠隔で操作するアームスーツに襲われ取り逃がすバトー、という描写。

p176・177

p176

バトーはコイルを射殺します。よくみると、コイルは狙われないように非直線上に逃げているのがわかります。
アームスーツは陸上自衛隊の装備である佐川重工24式。コイルは本物の陸自の隊員を洗脳して武器として使っていました。なぜ陸自がここにいて金のことも知っているのか、バトーは考えます。

p178・179

佐川電子本社に入館する素子。警備主任はクロルデンの脳潜入によって、素子を関係者の娘だと洗脳されています。まさに”フリーパスポート”。

p180・181

警備ロボットを反射的に撃ち倒してしまい、警報を鳴らしてしまう素子。せっかく用意したクロルデンからの”フリーパスポート”が台無しです。珍しく純粋なポカ。

その勢いで素子は幹部室に突入します。

p182・183

佐川幹部の加賀崎を撃ち倒しますがそれはリモートのロボットでした。素子は幹部の本体を探りにデバイスに潜入しますが、攻性防壁が走り、身代わり防壁がショートします。
素子はかわりに幹部が直前に消去しようとしていたディスクを読み取ります。

p184・185

ディスクは暗号化された裏帳簿でした。

そこに強化骨格を持つリモートロボットで加賀崎が襲撃。

p186

加賀崎「解体研究させて貰うよ 草薙素子三佐!」

素子「それに今の私は三佐じゃないの 情報古いわよ 皆は私の事少佐って呼ぶけどね」

第一話で触れられていた「昔は三佐と言った」という設定がここで再登場しています。三佐は現在の自衛隊の階級で、旧軍の少佐にあたります。つまり、三佐も少佐も英語では”Major”です。
第四次世界大戦後、階級が旧式に戻り素子の階級が横にスライドしたのか、あるいは体系の異なる別組織に移籍したのか。詳しいことは不明です。攻殻世界の七不思議の一つです。
誤訳が多いので参考になりませんが、Dark Horse英語版では「三佐」に主に尉官を指す”lieutenant”という訳語が充てがわれていて、尉官から佐官に昇格したというニュアンスに翻訳されています。

素子の軍人時代を描くARISEでは、「三佐から少佐に昇格」するシーンが描かれていました。先述の理由からかなり不可解な文章ですが、501機関の階級制度が旧軍式(三佐)であり、一般陸軍が自衛隊式(少佐)で、かつ陸軍組織のほうが501機関より上位という仮定をすると、「501機関を飛び出した素子が陸軍少佐に昇格した」という解釈は可能です。
…そう考えるとARISEの一話は原作のこの不可解な1コマに整合性を与えるための壮大な釈明文だったような気もしてきます。冲方丁の苦労が忍ばれます。

素子と加賀崎は古い知り合いだったようです。
素子が加賀崎を(もと)二佐と呼んでいることから、おなじく軍人であったことが伺えます。

p186・187

加賀崎の”本体”は壁に貼り付けられた彫像でした。逃げようとしたところを待ち伏せしていた素子に確保されます。

p188・189・190・191・192

事件の真相。
加賀崎は、ソ連基地を監視するため、佐川電子をカモフラージュにして択捉に潜入していた公安の職員でした。しかしソ連マーロフ将軍が金(キン)の横領に手を染めていることを知り、土地の売買を介在させることで、自身もその不正に関与することになります。そしてカモフラージュだった佐川電子を不正資金で大企業にまで押し上げていました。

一方、ソ連の政府もマーロフの資金調達には気付いており、不正資金を政治に使い選挙で有利に立とうとしているマーロフを、退けたい思惑がありました。冒頭の女性外交官の「アセチノフは中央(ソ連政府)の人選ではなくマーロフの息のかかった者」という忠告はこの状況を示唆していました。9課の活躍によりアセチノフは更迭され、ソ連の意図通りの結果になりました。向こうの内政の処理に9課が体よく使われた事件でした。

加賀崎の正体については、荒巻は「公安関係の者」と明言している一方で、陸自との繋がりも示唆されています。また、素子からは「もと 北端特務課長二佐」と呼ばれていたことを勘案すると、特務機関とは諜報活動をする組織を指しますので、荒巻はこれを指して「公安」と呼んでいた可能性があります。公安とは本来警察の情報機関を指す言葉ですが、9課は内務省の組織、6課は外務省であることを考えると、陸自の情報機関にも「公安◯課」という別名があるのかも…。
加賀崎が陸自の情報部出身なのは確実なので、択捉の地下にいた陸軍人はおそらくその伝手でしょう。ひょっとしたら陸自がこの癒着に一噛みしていたのかもしれません(としたら国防上の大問題だ)。

つづく…

次回は第八話「DUMB BARTER」です

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