見出し画像

【実話怪談】誤配の部屋

千葉県のI市に住むSくんのマンションには時折、同じ人宛の郵便物が誤配達されてくるという。
同じ建物内の別の部屋宛だったり、似た名前のマンションの同じ部屋番号の人宛のものが誤配されるのなら理解できるのだが、町名も丁目番地も建物名もまったく違うらしい。
部屋番号も、宛先は一〇四号室だが、Sくんが住んでいるのは三〇五号室だ。
宛名もSくんの本名とはかすりもしない女性の名前で、どういう理屈で彼の郵便受けに届けられるのかまったく分からない。
通販カタログや資格講座のパンフレット、大学の学報……どれも急を要するようなものではなかったが、Sくんは毎度律儀に、近所の郵便局に届けていたという。
『前の住人が短期間で引っ越したか何かで、さらにひとつ前の住所宛の郵便が転送され続けているんじゃないか』
同僚との雑談中にこの話をした時に、それっぽい仮説を立ててくれた人がいた。だが、郵便局で聞いてみても彼の住所はそうしたサービスの対象にはなっておらず、そもそも引っ越してきた直後から、その時点でももう二年近くにわたって「誤配」は起き続けていたので、原則一年間だという郵便の転送期間はとっくにすぎている。郵便局の側でも原因は分からないと言われ、「こんなことがないよう指導を徹底しますから」と頭を下げられたがSくんとしては釈然としない思いだった。

ある時、Sくんは思い立った。次にまた誤配があったら、直接、本人に届けに行って事情を話してみよう。
名前だけ知っている彼女がどんな人なのか、ずっと気になっていたのだ。お公家様みたいな珍しい名字に下の名前もキラキラしていて、漫画に出てくるお金持ちの令嬢のような字面――イメージを伝えるために仮名で言うなら「有栖川瑠理花(仮)」的な名前だった。Sくんは、ゆるふわ金髪おっとり美少女に違いないと勝手な妄想を膨らませていたという。
地図で調べると、Sくんの家からは最寄り駅を挟んで反対側、自転車で十五分ほどの場所にそのマンションはあった。
機会は早くもその一か月後に訪れた。土曜の午後、手元に届いた化粧品のサンプルをママチャリの籠に載せ、Sくんは有栖川瑠理花のマンションに向かった。
着いてみると築三十年は建ってそうな、オートロックもない古びた建物で、「有栖川瑠理花の家っぽくないな」なんて理不尽な感想を持ったそうだ。
一〇一、一〇二、通路に並ぶドアの番号プレートを確認しながら進んでいく。
一〇三……一〇五。あれ? Sくんは戸惑った。一〇四号室がないのだ。
不審がられるのを承知で、一〇五号室の呼び鈴を押した。
寝ぐせで頭がボサボサの、不機嫌そうな顔をした青年が出てきて、しかし事情を説明すると親切に対応してくれた。

「このマンション、どの階も四号室がないんですよ。内見の時に不動産屋さんがそんなこと言ってました。オーナーがそういう縁起を担ぐ人だとかで。……だから多分、ここができた時から一〇四号室ってないんじゃないかな」

じゃあ、俺はずっと誰の郵便を受け取ってたんだ? 気味が悪くなったSくんは、青年に曖昧に礼を言って逃げるようにマンションを出た。
……帰宅し、少し冷静になったSくんは、ふとある可能性に思い至ってパソコンを立ち上げた。あの青年の言葉を疑う訳ではないが、不動産屋に騙されているのかもしれない。
集合住宅で何か事件が起きて、それが部屋番号を含めて大きく報道されてしまったような場合、そのままだと借り手がつかないからと、欠番にして番号を振り直すことがあると聞いたことがあった。一〇四号室もそういう部屋なんじゃないか――そう思って、有名な事故物件検索サイトを覗いてみた。
だが結果は空振りだった。マンション名と部屋番号でグーグル検索しても、それらしいニュースは出てこない。
ただ。住人の名前で――「有栖川瑠理花」で検索すると一件、それらしいものが引っ掛かった。行方不明者の情報を募集するNPO法人のページだった。画質の粗い顔写真付きで掲載されていた「有栖川瑠理花」は、十一年前に失踪した鹿児島の高校生だという。
……Sくんは偶然だと思うことにした。確かに、同姓同名が何人もいるようなありふれた名前ではない。だとしても。

今でも時折、Sくんの許には存在しない部屋に住む「有栖川瑠理花」宛の郵便物が届く。Sくんはもう、郵便局には届けていないそうだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?