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【実話怪談】いーりせーっ!

この春から上京してきた亮太さんのアパートのインターホンには、簡易な録画機能がついていた。
チャイムが押されると作動する仕組みらしく、来訪者の写真を撮影して記録しておいてくれる。留守中に誰が訪ねてきたか分かるようになっているわけだ。

亮太さんは近所の書店でアルバイトをしていた。シフトは午後の1時から閉店1時間後の8時までということになっていたが、小さな店でも棚卸や注文の処理、返品の準備など残業は多く、帰る頃にはだいたい9時を回っていた。その分の時給はちゃんと発生するので、亮太さんも文句はなかった。

その日は店長の都合で早くに店を閉めることになり、亮太さんも珍しく7時前に帰宅した。
あれ、と亮太さんは思った。
彼の部屋は1階で玄関ドアは大通りに面しているのだが、その前に誰か立っている。
晴れているのにレインコートを着た、坊主頭の小柄な背中。傍らにはボロボロに錆びた自転車が立てかけられている。
「あの……その部屋の住人ですけど、何か御用ですか?」
声をかけると、振り返った男は歯を剥き出して満面の笑みを浮かべていた。
うわ。亮太さんは身じろぐ。知らない顔だった。
男は亮太さんに向かって、早口で何か言った。

「いーりせーっ!」

そんな風に聞こえたという。聞き返す間もなく、男は自転車に跨って行ってしまった。
なんだあれ。「いーりせー」ってなんだ? 良い理性? 亮太さんは首をひねりながらも、鍵を開けて部屋に入った。
薄暗い廊下で、インターホンの親機の「おしらせ」という表示灯が点滅しているのが目についた。未再生の来訪者記録があるという通知だ。
そう言えばここ何日か、ずっと点いていたような気もする。なにせ上京したてで友達もいない一人暮らしの男の家にやって来るのは、怪しい光回線の営業だの宗教勧誘だのばかりで、ちゃんと確認しなくなっていたのだ。
一応見ておくか。亮太さんはモニターの「再生」のボタンを押した。写真は3枚、記録されているようだった。
1枚目のタイムスタンプは3日前、時刻は19時1分。
「うわ、あいつじゃん」
亮太さんは声を漏らした。映っていたのは、さっきの坊主頭の男だった。あの歯を剥き出した笑顔で、こちらに向かって左手を突き出している。人差し指、中指、薬指を立てた「スリーピース」の形になっていた。
なんなんだよ。消去すると、画面は二枚目の写真に変わる。
一瞬、エラーで同じ画像が記録されていたのかと思ったそうだ。同じ坊主頭の男が、同じ笑顔、同じ構図で映っていた。
いや。よく見ると、違うところがあった。突き出した左手が、人差し指と中指を立てた「Vサイン」になっている。時刻は一昨日の18時59分。前の写真もそうだったが、ちょうど今くらいの時間だった。毎日この時刻に来ていたのか、あの男?
気持ち悪い。誰だか知らないが、インターホンに画像が残ると分かっていてイタズラしているのだろうか?
最後の写真。時刻は昨日の18時59分。そうだろうとは思ったが、同じ男の写真だ。そして、手は人差し指を一本、立てている。
そこでやっと亮太さんは気づいた。
この指の形、カウントダウンしてるんだ。
「3」「2」「1」。
じゃあ、今日は「ゼロ」?
思い至った途端。あの時、男が亮太さんに向かってなんと言ったのかが急に分かったという。

あ。「ギリギリセーフ!」って言われてたんだ、アレ。

その日も亮太さんの帰りが遅くて、男に「アウト」にされていたらどうなっていたのだろう?
亮太さんは今も同じアパートに住んでいるが、男はそれきり、姿を見せてはいないそうだ。


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