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【実話怪談】炊きたてご飯がお出迎え

夜の十一時過ぎ、帰宅したSさんが玄関を開けると、湿気を帯びた微かに甘い匂いが鼻をついた。炊きたてのご飯の香りだ。
上がってすぐのキッチンのレンジ台で、炊飯器の保温モードを示すオレンジのランプが光っている。Sさんはため息をついた。……また、勝手にご飯が炊かれている。
これで三回目だ。
出がけに自分で予約したのを忘れているだけだ、と思えたらどれほど良かったか。Sさんの家の炊飯器は、福引の景品でもらったという、今時タイマー機能のついていない代物なのだ。

間違いなく誰かが勝手に家に上がり込んで、ご飯を炊いている。

一度目の時は、警察を呼ぶことも考えた。だが、戸締りがなされていることを確認し、部屋の中に誰も潜んでいないことを見て回り、そして何も盗まれたり、壊されたりしたものがなかったと分かってからSさんは途方に暮れたという。どう説明しろと言うのだ。
男の一人暮らしで、「誰かが僕の家に勝手に入って米だけ炊いて帰ったらしいんです」と言って取り合ってくれるとは思えなかった。
素人目ではピッキングの形跡などはあっても判らないし、例えば管理会社の人間なら合鍵を使って侵入することは可能だろうが、こんなことをする動機が判らない。
そんな「不意の炊飯」が、それから二回あった。

三度目のその日、Sさんはご飯が炊かれているのが決まって「奇数月の十四日」であることに気づいた。最初は七月十四日、次が九月十四日、そしてこの日は十一月十四日……尤も、それが判ったところでその日付に意味を見出すことはできなかったが。
さすがに気味が悪いので、炊かれていたご飯は毎回、捨てていた。
ため息をつき、ゴミ袋を用意して炊飯器を開ける。
Sさんは息を吞んだ。炊きあがったご飯に埋もれるように、手のひらほどの大きさのキューピー人形が突き刺さっていた。
Sさんは引っ越すことを決め、炊飯器も処分したという。新居で迎えた一月十四日は、何も変わったことは起こらなかったらしい。
意味はまったく判らないが……キューピー人形の裸の腹には、マジックで「わたし」と書いてあったそうだ。

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