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【実話怪談】「コンサト の おあんない」

若尾さんが住むアパートの近所には町内会の掲示板があり、お祭りや近所の小学校の運動会といった催しの案内が貼られていた。
ある火曜日の帰り道。ふと掲示板に目を止めると、変な貼り紙があった。

『コンサト の おあんない』

A4のコピー用紙に、ふにゃふにゃした文字で手書きしてあった。『祝ふくの歌! 間ちがいのないえんそう! おたのしみにして下ださいね!』と続き、開催日時が書きこまれた下に『式じょう』と矢印が引っ張られた地図のコピーが貼られている。「コンサト」は土曜の正午から始まるようだ。
無許可のチラシなのは一目で分かる。掲示板にはガラス戸が嵌めてあって鍵がかかっているのだが、そのガラスの上から緑の養生テープでべったり貼ってあるのだ。掲示に申請が必要なのを知らない、おそらくは海外から来た日本語の不慣れな人によるものなのだろう。
若尾さんはスマホで貼り紙を写真に収めた。変テコな日本語がみんなにウケると思ったからだ。大学の学科のLINEグループに「行きますか、コンサト」と、茶化したコメントとともに投稿する。
すぐに数人が反応してくれて目論見通り盛り上がったが、その一人、市内に実家があってこのあたりに長く住んでいる子から言われたという。
「その辺にコンサートとかできるような施設なんてあったっけ」
写真の地図の部分を拡大して、マップアプリと突き合わせてみる。確かに建物はなさそうだ。これもネタになると思い、若尾さんは『式じょう』の場所に行ってみることにした。

かつては畑だったのが、打ち捨てられて雑草に埋め尽くされてしまった――そんな雰囲気の空き地が広がっていた。「外棚工事を予定しています。駐車・ゴミの投棄禁止」という地主名義の看板も、字が褪せていて説得力がない。
写真を撮ろうとして、若尾さんはそれに気づいた。
空き地の真ん中に、パイプ椅子が七つ、一列に並べてあった。
なんだありゃ。
見ると、椅子にはそれぞれ何か書かれた紙が貼られている。「コンサト」のチラシと同じ、緑のテープが使われていた。
本当にここで何か催しがあるのか? 野外コンサートということなのだろうか。いや、だとしても今から席を準備しているのもおかしな話だ。
背の高い草を掻き分けて、若尾さんは椅子の貼り紙を見に行った。
『後とうもとき』『ね本たかひろ』『日立まど香』……人名らしきものが、チラシと似た筆跡で書かれていた。そして若尾さんは見つけてしまった。

『若お大き』

彼の名前だった。気づいた途端……背後でガサ、と草むらが揺れる音がした。若尾さんは振り返らずに逃げ出したという。

考えてみれば。あれはコンサートのリハーサルの準備か何かで、出演者にたまたま同姓同名がいたのだろう……そう思い直して、若尾さんはやっと落ち着いた。
だが。
翌朝、それも含めてみんなに話してやろうと部屋を出た若尾さんは、ドアの郵便受けにくしゃくしゃになった紙が乱暴に押し込まれているのに気づいた。
手に取ってみると、あの字で一行、こう書いてあった。

『だいじょおぶに なりましただから しないことにしました。』

掲示板のチラシも撤去されていた。若尾さんが何に巻き込まれそうになったのかも、何が「だいじょおぶ」になったのかも分からないままだ。

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