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【実話怪談】ばんどんさんの廊下

佑奈さんには、もう十五年近くにわたって見続けている夢があるという。
知らない女の子と一緒に、薄暗く長い廊下をひたすらに歩いていく夢。
女の子の背丈は小学校の高学年くらい、青い吊りスカートにおかっぱ頭という、佑奈さんの表現を借りれば「『ちびまる子ちゃん』のキャラみたいな」時代がかった格好をしているらしい。
佑奈さんを先導するように前を歩きながら、女の子は時折、振り返ってこう言うのだそうだ。

『早くばんどんさんが見つかると良いねえ』

『ばんどんさんはどこに隠れてるのかなあ』

そして佑奈さんは、その言葉に何の違和感を抱くこともなく――ああそうだった、私は「ばんどんさん」を探してるんだった、と思うらしい。

『見つからないはずないよねえ』

『ばんどんさんは絶対にこの家にいるんだもんねえ』

板張りの廊下の左右には閉じた襖がずらっと並んでいて、佑奈さんはそれをひとつひとつ、開けていくのだという。襖の向こうはどこも、調度の類いのひとつもないガランとした畳敷きの小部屋なのだそうだ。夢の中で、女の子以外の誰かに会ったことは一度もないらしい。
廊下はどこまでも続いていて、先は真っ暗で見通せない。毎回、体感で三分ほど……襖を五、六枚開けたところで唐突に目が醒めるという。
「どの襖を開けても中は一緒なんで、これが一続きの夢でどんどん先に進んでいるのか、毎回リセットされて同じ位置から夢が始まっているのかもよく分からなかったんですよね」
「ばんどんさん」なるモノにも心当たりはない。ただ、佑奈さんはなぜかその言葉に、鳥肌が立つようなおぞけを感じるのだという。何か、とても怖いもののような気がすると。
小さい頃に触れた絵本やビデオの類に登場する怪物の名前か何かで、それがトラウマになってこんな夢を見せているんじゃないか――そう思って調べてみたこともあったというが、それらしいものは見つからなかったそうだ。
「ばんどんさん」を探す夢を初めて見たのは高校入学を控えた春休みだったそうで、実家が引っ越しをした直後だったという。
「だから、新しい家が何か良くなかったんだと思うんですよ」
そうは言っても夢を想起させるような廊下のある日本家屋などではなく、駅前の築浅マンションらしいのだが……就職を機に一人暮らしを始めてから、「ばんどんさん」の夢を見る間隔が少しずつ開くようになったこともあって、そんな風に思っているらしい。実家にいた頃はひと月に一度は夢で廊下を歩いていたのが、今では年に一度見るか見ないか、くらいの頻度に落ち着いているそうだ。
でもねぇ――佑奈さんは顔を曇らせる。三か月ほど前に見た、一番新しい夢の内容が気がかりなのだという。
いつもと同じように、誰もいない小部屋の襖を開けながら暗い廊下を歩いていく夢。だが女の子の台詞がいつもと違った。
女の子はこちらを振り返らずに、妙に弾んだ口調で言ったという。

『このまま全部の部屋を探してもばんどんさんがいなかったら、こわいねえ』

女の子がぴたりと足を止める。

『だって、この家にはおねえさんしかいないんだからさ』

おねえさんがばんどんさんってことになっちゃうもんねえ。
そこで目が醒めた。
両手を爪が食い込むほど握りしめていたようで、てのひらが汗で濡れて痺れていた。
――それ以来、佑奈さんは考えてしまうという。
いつか、廊下の突き当たりに辿り着いてこの夢が終わった時に。
「『ばんどんさん』を見つけられないままだったら私、どうなるんでしょうね?」
 佑奈さんはそう言って、力なく笑った。

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