【実話怪談】雪だるま家族

 十年ほど前、あの関東一円が大雪に見舞われた二月のことだ。

 その夜、木下さんは濡れた靴の冷たさに顔をしかめ、やっとの思いで家路についた。足が埋まるほどの積雪は、木下さんが今の家に引っ越してからは初めてだったそうだ。彼の家は建売で、袋小路をコの字に囲んで各辺に二軒ずつ、六軒の住宅が並ぶ分譲地だった。
 帰ってきた自宅の塀の上に、小さな雪だるまが三つ並んでいるのを木下さんは見つけた。顔も手もない、大小の雪玉を重ねただけの素朴なものだ。高さ十センチほどのものが二つと、その真ん中に一回り小さいもの。
 悠馬かな、と木下さんは思った。一人息子の悠馬くんが、両親と自分に見立てて作ったのかなと。
 だが、聞いても悠馬くんも奥さんも「知らない」という。玄関先まで見に行って「変なの」と言う息子の口ぶりに、嘘は感じられなかったそうだ。
 翌朝、木下さんは出がけにそれに気づいた。雪だるまは、六軒すべての家の塀の上にあった。
 家によって数が違う。
 隣の滝川さんと向かいの前田さんの家は大きい雪だるまが二つだけ、前田さんの隣の明智さんの所は大きいのが二つと小さいのが二つ。突き当りの堀さんの家には何も置かれておらず、その隣の未入居の空家は木下さん宅と同じく大二つに小一つだった。
 その時、折よく前田さんのご主人が家から出てきた。木下さんは声をかけた。
「誰かのいたずらでしょうかね?」
 前田さんは言われて初めて気づいた様子だった。彼の家は夫婦二人所帯。滝川家もだ。三軒に関しては、雪だるまと住人の数は一致している。
「泥棒か何かが家族構成を調べて目印に置いた……とかだったら嫌ですね」
 駅までの道すがらにそんな話になったが、明智家の子供は三歳になる娘さんが一人だけのはずと言われ、空家に置いてある説明もつかないこの説は苦笑とともに一蹴された。
 はずだった。
 その日の午後から降り出した雨で、雪だるまは溶けてしまったそうだ。
 そして。その年の春、空家に子連れの夫婦が入居した。夏には明智家の奥さんの妊娠がわかった。
 さらに年が明けて早々、堀さんご夫婦が「夫の父親が急逝し、家業を継ぐため家を引き払って故郷に移ることになった」と挨拶にやってきた。
 堀家の引っ越しのトラックを見送り、木下さんはふと、丸一年経って六軒の家の家族構成が、あの日の雪だるまの数と一緒になったことに気づいた。

 それ以来、彼の住む街に雪だるまを作れるほどの積雪はない。

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