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つかずはなれず

お父さん、お母さん以外に
パパ、ママと呼んでいる人がいる

別に複雑なことではなく、
親同士が本当に仲が良くて、自分が生まれる前から家族ぐるみの付き合いがあったというだけではあるのだけれども。

そんなパパ、ママの話をしたいと思う


よく家出をしていた10代だった
親の愛を自分なりに確かめていたのかもしれない
放任主義、こだわりの強い父と、みんなが家に帰ってくるまで寝れない母。
反抗期も相まって、頑なに意見を変えない父は大嫌いだし、そんな父をたてて自分を殺しているような母が大好きだからこそ嫌いだった


家出や夜遊びをして家に帰らないことで
思い通りに行くと思うなよっていう
自分なりの意思表示だったのかもしれない

今でも鮮明に覚えている2つのシーンがある
中1、同じ町内で広い家に引っ越す間近のあるとき。

父のルールに異を唱えて、やってらんないわと新居の鍵をこっそり持ち出し家を飛び出した

3つ下の弟は兄が本当に家出しちゃうんじゃないかって泣いてたけど、
「違うよ、そんなんじゃない」って笑いながら玄関で言ったのを覚えている

歩いて30分程度の新居にこっそり入り
なんもない床でぼーっとしていると
しばらくして兄が見つけにきた

「〇〇(弟の名前)が鍵を持っていくのを見たから。気が済んだら帰ってこいよ」

という言葉と1000円札を置いて帰っていった

しばらく変わらずぼーっとしてたけど
兄はきっと家に帰って報告したんだろうなーと思うと、もうこの行為に意味はないなと。

元々激昂したわけでもなかったし
まあこんなところか、て妙に落ち着いた心で帰ることにした

家の前。玄関。
たまたまだろうけど、パパが外に出てきていた

「みんな、心配してたんだよ」
って本当に心配そうな顔で言ってくれたのは今でも記憶に残っている

そして、玄関を開けたときの、リビングの奥でいつものように晩酌をしながら笑っている父の笑い声も。

ふざけんな、って

踵を返したときに
引き止めて説得してくれたのはパパとママ。
この人たちを困らせるためのことなんじゃないから、素直に家に帰った

少しときは経ち、
ママからあるときの誕生日にもらったメッセージ

「おめでとう。
 私たちはいつでもつかず離れずの場所で
 見守っているからね。」

つかず離れずという愛の存在を
そこで始めて理解したように思う

好きな考えの一つに
「この世は不安定なつりあいで成り立っている」というものがある

谷の底にあるボールと、丘の上にあるボール

前者は安定したつりあい
異常が起こっても自然に戻る

後者は不安定なつりあい
少しでも異常が起こると、ボールはもう2度と元の位置には戻れない


つかず離れずの位置で愛してくれている人たちがいたからこそ
私という人間は不安定つりあいの状態を保てたのではないかと思う

あたりまえに成り立つのではなく、
見えない愛に支えられて自分はここまでこれた

だからこそ、そんな存在に自分もなれるように
ひたすらに贈与が出来る人になれたらいいなと、思う

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