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封印された「大予言」

「封印作品」という言葉をご存知だろうか。

いったん発表されながら、なんらかの事情によって公開・販売などが行なわれなくなった、映画、音楽、番組、小説、コミック、ゲームなどの作品を指す言葉。ことに映像作品で言われることが多い。『封印作品の謎』の著者である安藤健二による命名だろう。

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たとえば「ウルトラセブン」のあの回とか、「怪奇大作戦」のアレとか、某有名少女漫画とかがあるが、なかでも有名なのが、1974年の映画「ノストラダムスの大予言」である。

ある世代の人々には絶対的な知名度を誇る「ノストラダムスの大予言」とは、そもそもは16世紀のフランスの占星学者ミシェル・ノストラダムスが著した『諸世紀』(Les Prophéties de M. Michel Nostradamus)をもとに、作家・五島勉が1973年に執筆したスーパーベストセラー。未来の出来事を見通した空前絶後の予言書といわれて、発表当時は社会現象ともなり、「1999年7月に人類は滅亡する」という予言を信じた子どもたちが続出した。

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そのベストセラーに目をつけた東宝が、前年に大ヒットした「日本沈没」に続く特撮パニック大作として製作・公開した映画が「ノストラダムスの大予言」である。思惑通りの大ヒットとなり1974年の邦画興行収入第2位となった。今では信じがたいことだが、公開時は「文部省推薦映画」でもあった。当時の役人は何を考えていたのか、よくわからん。海外向けバージョンも製作され、ヨーロッパなどで公開されている。

という作品なのだが、劇場公開後にトラブルに見舞われる。

劇中で描かれる食人シーンと、ミュータント人類の描写が不適切であるとの指摘を受け、また反核団体などの抗議もあって、公開中に修正を余儀なくされたのだ。それ以降の再公開はなく、1度だけテレビ放送はあったものの、ビデオ時代を含めてまったくソフト化されていない

したがって、見ようと思っても見られない「封印作品」になってしまったのである。

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公開時に見逃していた私も当然未見の作品だった。じつはその後、食人シーンをカットしたバージョンがアメリカでビデオ化されたのだが、未入手。

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まあ、肝心の(?)シーンがカットされているのでは見ても仕方ないかとか思っていたのだが、最近になって耳寄りな情報を目にしたのだ。

「ノストラダムスの大予言」がイタリアでDVD化されたという。ひょっとしたら世界初のDVD発売かも。東宝が製作した海外向けバージョンにイタリア語吹き替えをしたものらしい。

そしてそこに、封印されたはずのノーカット版がさらりと収録されているというのだ。

これはちょっと見逃せないんじゃないですか?

ということで、さっそく入手。タイトルはイタリア公開時の「Catastrofe

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まずはドキドキしながら、ノーカット版を鑑賞。なにしろ封印された作品だ、どんな凄い描写があるのだろう?

見終わって……なんでこれが封印されたのかわからないぞ、というのが正直な感想だ。

たとえば。公開時に問題になったふたつのシーンについていえば、こんな具合だ。

問題のシーン1:成層圏に堆積していた放射能がニューギニアに集中的に降り注ぎ、それを浴びた原住民が凶暴化、国連の現地調査団に食人鬼と化して襲いかかる。

放射能ウンヌンに関するツッコミはともかくとして、食人シーンそのものはいまから見れば非常に穏当なものだ。こんな描写、ゾンビ映画がポピュラーになった今ならば、もっと酷いのがいくらでもある。たぶん、ニューギニア=食人族みたいな差別的感覚が先にあり、そこにダイレクトに響いてしまったのだろう。その点では、調査団が現地入りすると、画面に映る人々が伝統的な民族衣装(みたいなの)を着た者ばかりというほうが、よっぽど不適切に感じたが。

問題のシーン2:人類の文明が崩壊した後、放射能の影響でミュータント化した怪物もどきの人間が登場する。その造形は、ケロイド化した皮膚を持つなど、現実の被曝者をデフォルメしたものなのではないか。

終末SFではおなじみのようなシーンだが、これなどはもっと理由がピンとこない。こんな怪物、ほかの映画やテレビ番組でいくらでも出ているぞ。そこまで目クジラを立てるほどのものでもないだろう。察するに「ウルトラセブン」のあの回とおなじような理屈なのかな。しかし、これは核兵器使用に対する警鐘を意図として作られているのだがなぁ……

ということで、たぶん21世紀の現代で製作されたのなら、そんなに問題にはならなかった気がする。

ならば、もう封印を解いてもいいのではないだろうか。

じつは未見の時には、いいかげんな科学っぽさでツッコミどころ満載のズッコケSF大作だと思っていた。だが、実際に見てみると、意外なくらいちゃんとした映画だったのだ(ちょっと褒め過ぎ) 科学的な考証もいちおうされており、ツッコミどころはゼロではないがそんなに多いわけではない。この時代の(いやそれ以降でも)いいかげんな日本製「SF映画」にくらべれば、けっこうレベルは高いと思う。現代では地球温暖化が懸念されているが、このころはむしろ寒冷化が焦点だったんだな、みたいなこともわかって興味深い。もちろん中野昭慶が担当した特撮も見応えがある。主役を張る丹波哲郎の異様なまでのテンションの高さも、後年の丹波さんがどこへ向かったかを知った今となっては、非常に納得がいく。

しかし、いったん「烙印」を押されて封印された作品の呪いを解くのは容易ではないだろう。むしろ、イタリアでのこととはいえ、よくぞソフト化されたものだと感謝したほうがいいのかもしれない。

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ちなみに、メインたるイタリア版も見てみたが、こちらにも問題となったシーンはちゃんと収録されている。いままでの資料によると、海外向けバージョンや、アメリカで販売されたソフトでは問題シーンがカットされたとあるものが多いのだが、どうしたことだろう?

オリジナルの110分に対して、このイタリア版は85分とクレジットされている。カットされていた主な部分は、メインタイトル前の歴史再現部分、丹波哲郎の父親が娘(由美かおる)の恋人である黒沢年男に「もう済ませたのか?」と問う苦笑シーン、ラストの内閣総理大臣(山村聡)の大演説など。東宝が製作したバージョンなせいか、全体の印象はそう大きく変わってはいなかった。

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と、とりあえず持ち上げておいてなんだが、じつはこのソフト、画質は最低に近い。サント映画完全チェックなどで最低画質に慣れていたからガマンできたが、他人におススメできるシロモノではない。スペックの低い画像(たぶんVHS)を原版にしたのだろう。それもまあ、許してやるか。

なんにせよ、珍品を目にすることができたのだから、嬉しかったからね。

映画つれづれ 目次

【2020/7/21】 『ノストラダムスの大予言』で一世を風靡された五島勉さんの死去が報じられた。6月16日に90歳で旅立たれたとのこと。ご冥福をお祈りいたします。


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