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外出自粛映画野郎「病院坂の首縊りの家」

私が映画にハマりはじめた1970年代という時期、世間を賑わせていたのが角川映画であり、横溝正史のミステリでした。

1976年に角川映画第1弾として公開された「犬神家の一族」が大ヒットすると、それまでは「しょせんはシロウトの映画作り」と思われていた角川映画は業界トップの勢いを見せ、同時に原作の横溝正史のミステリ小説は角川書店の稼ぎ頭となってベストセラーになりました。

あのころ、本屋に行くと、角川文庫のコーナーは黒地にグリーンの文字も毒々しい横溝ミステリにほぼ占拠されていたものです。私もそのほとんどを読んだわけですが。

もっとも角川映画は第2弾以降は横溝ミステリは製作せず、シリーズは東宝製作に引き継がれていきました。翌1977年の「悪魔の手毬唄」「獄門島」、1978年の「女王蜂」と続き、1979年の5月にシリーズ最終作として公開されたのが、この「病院坂の首縊りの家」だったのです。

なにしろ当時は東宝映画のドル箱シリーズ。何度もあちこちの劇場でシリーズを観てきた(オールナイトで連続して観たときはけっこうキツかったなぁ)私は、なんだってここで最終作になるんだと奇異に感じたものです。

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私ばかりでなく世間でもまだまだ人気があったのに、何でシリーズが打ち止めになったのかは知りません。監督の市川崑や名探偵・金田一耕助を演じてきた石坂浩二が飽きてきたってのが案外「真相」に近いのかも。3年ほどのあいだに4作も作ってきたんですからね。

原作は横溝ミステリのブームが到来してから雑誌連載が始まり、連載終了後の1978年に連載に大幅な加筆修正がなされて刊行されました。

金田一耕助最後の事件」という触れ込みの作品で、じっさいシリーズ最終作と呼ぶにふさわしい大作です。ブームになってからシリーズにハマった私のような人間には、初めて接する横溝ミステリの「新作」でもありました。

ということで、映画の方もこの作品をもってシリーズ最終作としたわけですね。その後、ほかの監督が手掛け、古谷一行や西田敏行など多くの俳優が金田一耕助を演じて横溝ミステリの映画化は続行されましたが、市川&石坂コンビによる作品は、2006年のリメイク版「犬神家の一族」以外は製作されていません。

そんなわけで、私も大いに期待して映画館へ走ったわけですが、当時は正直言って期待外れに感じました。初公開時に観て以来、今回観直すまで再見しなかったのがその証拠。

原作の圧倒的な「分量」に感服していた私にとって、映画はあまりにもコンパクトに過ぎていたというのが最大の不満でした。そりゃあ文庫で上下巻、最初の事件から解決までに三十数年を要した大事件を描いていたのですから、たかだか2時間ばかりの映画で描き切れるわけもないのですが。

ただ、原作を読んでそれほど時間も経っていなかった(おまけにまだ脳が新しくて記憶力も良かった)あのころは原作と比較して物足りなさを感じたのですが、あれから40年以上を経て原作の記憶もおぼろげになっていた今回は、自分でも意外なくらい面白く観たのも事実。

いやいや、その場面でそんなに鮮血は飛ばんだろうとか、あまりにも偶然に左右され過ぎな犯人の計画とか、ツッコミどころがけっこう見えたものの、現在の私はそのテのことにはすっかり寛容になってますから(笑)

また、当時はアイドルだった桜田淳子がけっこう好きだった思春期の私にとって、この映画に彼女が出ていることにはやや複雑な思いがあったのもマイナスだったんでしょう。すっかり齢を経た今観れば、これが女優・桜田淳子の代表作である名演、怪演であることもすんなり呑み込めました。成長したな、オレも(笑)

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これまで何度も書いてきたように、なぞ解きを中核に据えた本格ミステリは映像化には向かないというのが私の持論。

たいがいの本格ミステリでは事件は最初の方にポンと起こり(あるいは物語が始まった時点ではすでに起こっている)、あとはそれを調べる探偵の動きや思考を延々と追うだけの地味なものになるからです。およそ映画向きじゃない。

そこで脚本家は、原作にない余計な殺人やロマンスやサスペンスを盛り込んでなんとか盛り上げようとするんですが、たいがい上手くいかないんですね、これが。どうしても物語のバランスを崩しますからね。

世界中でヒットしたアガサ・クリスティー原作のミステリ映画では、そこに豪華なオールスターキャストを配してこの難題を乗り切って(誤魔化して)きました。

横溝ミステリの脚色に取り組んだ脚本の久里子亭(市川崑と日高真也の共作ペンネーム)はこの難題をどう乗り切ったか?

クリスティー映画のような豪華キャストでの解決は使えません。というのは日本映画ではこのくらいのキャストは当たり前、格段の豪華キャストというわけではないのです。

そこで使われたのがホラー映画もかくやというほどの血みどろ演出。じっさい横溝ミステリの「殺し方」はけっこうハデで残虐で、事件は怪奇色が濃厚すからね。そこに市川監督の持ち味である耽美趣味が加わってきたのですから、相当なモノになってます。「病院坂の首縊りの家」のメインである「生首風鈴」も、考えてみたら相当に悪趣味ですよねえ。

横溝ミステリの映画化が大いに受け、大ヒットして今日まで人気があるのは、この血みどろ趣味が受けたせいでしょう。おかげでその後長きにわたって、日本の映像界隈では「ミステリ」と「ホラー」は不可分のものとして扱われています。これが弊害なのかどうかは、議論の分かれるところでしょうが。

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「病院坂の首縊りの家」1979年/監督・市川崑/脚本・久里子亭/原作・横溝正史/出演・石坂浩二、佐久間良子、桜田淳子、加藤武ほか/139分

最初と最後に原作者の横溝正史夫妻が登場したり(本人出演)、ゲスト的に登場する中井貴惠の役名が「サタ」だったり(父親が佐田啓二)と、楽屋落ち的なネタが仕込まれているんだが、こういうのがシャレた演出だと思われていたのが「昭和」なんですねえ。

そういえばこの映画の製作が発表された時、舞台となる「病院坂」のロケ地を全国から公募するという企画がありました。いまなら地域起こしに躍起になっている自治体が殺到したでしょうね。じっさいには東宝撮影所の近くの坂で撮影されたそうですが、はたしてどれくらいの応募があったんでしょうかね?

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