未発売映画劇場「シャーロック・ホームズ/死のネックレス」

名探偵の代名詞、シャーロック・ホームズの映画化の歴史は古い。ほぼ20世紀の映画史を覆いつくすくらいの数の映画が量産され、当然ながら多くの俳優が、この稀代の名探偵を演じてきた。

日本ではお馴染みでなかったがアメリカでは「最高のホームズ俳優」とされるベイジル・ラズボーンをはじめ、クリストファー・プラマー、マイケル・ケイン、ロジャー・ムーアといった名優たち、テレビシリーズで名をはせたジェレミー・ブレットらから、近年のロバート・ダウニー・Jr、ベネディクト・カンバーバッチまで、何人いるかもよくわからないくらいだ。

そんななかで私の目を引くのは、今回取り上げる「Sherlock Holmes und das Halsband des Todes」という、1962年の作品でホームズを演じたクリストファー・リーの名前である。

ご存じのように、英国ハマー・プロのホラー映画で数多くの主演をつとめ、なかでも吸血鬼ドラキュラを演じては右に出るものがいないほどの凄みを見せ、その後もフットワーク軽く数多くの映画に出演した名優。「007」にも「スター・ウォーズ」にも出ている。なんでも生涯に250本以上の映画に出演し、「もっとも多くの映画に出演した俳優」としてギネスブックに認定されているそうだ。現在でもファンが多い、もはや伝説的人気スターだ(2015年死去)

そのクリストファー・リーがシャーロック・ホームズを演じた映画があるのに、日本未公開。それどころかテレビ放送もソフト発売もいっさい無いのだ。おお、もったいないんじゃないか?

例によって海外ではDVDが出ていたりするので、さっそく取り寄せてみた。

タイトルからもおわかりのように、今回のこの「Sherlock Holmes und das Halsband des Todes」は、ドイツいや西ドイツの映画である。ちなみに英語のタイトルは「Sherlock Holmes and the Deadly Necklace」(いつものように邦題はオレ製)

製作資金はフランスとイタリアからも出ているようだが、映画そのものは純然たる西ドイツ映画のようだ。

英国の誇るシャーロック・ホームズもので、英国の名優クリストファー・リーが主演なのに?

いやいや、クリストファー・リーは外国語が堪能で、七カ国語をあやつれたそうだ。当然、ドイツ語もお手のものだからべつに困りはしなかったんだろう。ただし、この映画は当時の西ドイツ映画の常として同時録音なしのアフレコだったので、ドイツ語版だけでなく英語吹き替え版(今回のDVDはこの英語版)も、リー本人は声を当ててないそうだが。

シャーロック・ホームズものなので、わざわざ英国からリーを招いたのだろうか。ついでにというか、あわせてワトソン役のソーリー・ウォルターズ、そして監督のテレンス・フィッシャー(「吸血鬼ドラキュラ」)も、英国から招聘した。撮影はアイルランドでのロケを中心に、スタジオ撮影はドイツで行なっている。

でも、その他の配役、スタッフはすべてドイツ人。モリアーティ教授やハドソン夫人を演じたのもドイツ人俳優。ヒロイン役で、のちに国際的に人気が出たセクシー女優のセンタ・バーガーも出ている。なので、映画の画面にはなんとなく「非英国」な雰囲気が漂っている。

当初はホームズやワトソン役もドイツ人俳優で企画されたものの、原作者コナン・ドイルの権利者からダメが出たという。そうして出来たせいか、こうまでドイツ風味のホームズ映画ってのも、めずらしいだろう。

で、肝心の映画はというと、じつはこれがけっこうお寒い出来ばえだった。

長身痩躯のクリストファー・リーのホームズぶりは、全体的には悪くない。雰囲気あるし。ただ、冒頭で変装した姿で登場するのだが、そのスタイルは「片目の労働者」 多羅尾伴内かよ(笑) 観客にはすぐわかるのに、そのままベイカー街に帰ると、ワトソンもハドソン夫人もまったく見抜けないのは「お約束」とはいえ、映画全体のクオリティを象徴しているシーンだ。

エジプトで発掘されたクレオパトラの首飾りをめぐり、ホームズとモリアーティ教授がしのぎを削るというストーリーには起伏も少なく、ミステリらしい伏線やドンデン返しもない、淡々としたもの。モノクロの地味な画像もあいまって、なんとも景気の悪いホームズ譚になってしまった。

ということで、責任者出てこい!という出来ばえなのだが、その「責任者」である本作のプロデューサーが、アルトゥール・ブラウナーと聞いて、なんとなく納得いった。

ポーランド出身のブラウナーは、1950年代から西ドイツ映画で数多くのジャンルムービーを製作した「西ドイツのロジャー・コーマン」みたいな人。といっても日本での知名度はあまりなく、その作品も未公開が多い。「地獄の戦場コマンドス」(1968年)あたりが代表作なのかな。

だが、私にとっては、絶対に忘れない人物だ。

なにしろ「怪人マブゼ博士」シリーズを作ったのが、このオヤジなのだから。

私が偏愛する「怪人マブゼ博士」シリーズについてはこっちを読んでいただきたいが、そういえばこのホームズ映画の雰囲気は、「怪人マブゼ博士」に酷似している気がした。

まあ、あれも戦前のサイレントの名作「ドクトル・マブゼ」を、ある意味パクッたものだから、ブラウナーの常套手段なのか。「怪人マブゼ博士」の製作時には、オリジナルの「ドクトル・マブゼ」の監督であるフリッツ・ラングを担ぎだしているし、犯行の手口も似ているな(笑)

そんなわけで、当初はシリーズ化を狙ったらしい、この西ドイツ版ホームズ映画だが、けっきょく1作だけで挫折したようだ。出資国であったイタリアやフランスでは劇場公開したものの、ホームズお膝元のイギリスでは短期公開ですぐテレビ放送、アメリカでは劇場公開せずにテレビ放送、そして日本ではまったく未公開という結果が、本作の価値を物語っている。

ただ、クリストファー・リーはのちに「シャーロック・ホームズの冒険」
THE PRIVATE LIFE OF SHERLOCK HOLMES 1970年)でシャーロックの兄のマイクロフト・ホームズを演じて、人類史上この兄弟の両方を演じた唯一の俳優となり、さらにTVムービー「新シャーロック・ホームズ/ホームズとプリマドンナ」(1990年)と「新シャーロック・ホームズ/ヴィクトリア瀑布の冒険」(1991年)の2作品で、再びシャーロックを演じている。

またワトソンを演じたソーリー・ウォルターズも「新シャーロック・ホームズ/おかしな弟の大冒険」(1975年)などで何度もワトソン役を演じて、当たり役にしている。

なにげに、二人にとってはキャリアのひとつの出発点になった映画なのかもしれない。

じつは1960年代の西ドイツ映画には、こうしたジャンル映画が多い。スパイ映画やサスペンス、アクション映画などだ。

ところが、そのほとんどが日本には入ってきていない。当時のドイツの人気俳優たち、たとえばロミー・シュナイダー、ハーディ・クリューガー、マクシミリアン・シェル、オスカー・ウェルナー、ペーター・ファン・アイク、ゲルト・フレーベといった面々はけっこう知られていたが、それはアメリカ映画などの外国作品を通してのものだった。

私など1970年代に映画を見ていた若者たちにとっては、西ドイツ映画といえばソフトコア・ポルノ、いわゆる洋ピン(洋画ピンク)映画の王国だったっけ。

質的なものはともかくとして、このジャンルの知られざる映画が一山埋もれているとしたら、やはりそれは気になる。最近は徐々にソフト化されるものも増えてきているようなので、いろいろ見てみようかとも思うのだ。

メキシコ映画に続いて、また鉱脈を見つけたのかな(クズ鉱石しか出そうもないが)

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