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黒いジャガー無頼控

1960年代から1970年代にかけて、アメリカでは黒人公民権運動が盛り上がっていた。詳しくは歴史の本でも見てください。

社会の動きや流行に敏感な映画屋さんたちが、この動きを見逃すはずがなかろう。さっそく、こうした動きに迎合する映画が次々に作られる。

こうして作られた一連の映画を「ブラックパワー映画」と呼ぶ。

もちろん、儲けが第1の映画産業。公民権運動とかイデオロギーとかにはカンケーなく、まずは黒人観客が入りやすいのはアクション映画でしょうとばかりに、単純明快(黒人が白人をブチのめす的な)黒人ヒーローが次々に登場した。

そんな中でトップランナーとなったのが、ハーレムの黒人私立探偵ジョン・シャフトが暴れまわる一連の作品だ。

1971年製作の、タイトルもずばり「Shaft」 アーネスト・タイディマンの原作小説をダイナミックに映画化したこの作品は、主演のリチャード・ラウンドツリーの魅力と、そのバイオレンス描写が話題となって大ヒット。翌年には邦題「黒いジャガー」で日本でもヒットした。アカデミー主題歌賞を獲得したアイザック・ヘイズの主題歌も大ヒット。今でもよく耳にする。

すぐに翌年には続編「黒いジャガー/シャフト旋風」が作られ、またまたヒット。ジェットボートとヘリコプターで繰り広げる猛チェイス、がんがんショットガンをぶっ放すシャフトの暴力性が強烈な印象を残した。

余談だが、この「ブラックパワー映画」の痕跡が色濃く残っている実例として1973年の「007/死ぬのは奴らだ」をあげておこう。ストーリー前半の舞台をニューヨークのハーレムに置き、ヤフェット・コットーの悪役をはじめボンド氏の周囲を固めるキャストにも黒人俳優を多く配してあるなど、さすがはハヤリモノに敏感な007製作陣、みごとに「ブラックパワー風007」を実現している。シリーズのなかでも、けっこう異色の作品ではあるが。

しかし、「ブラックパワー映画」の隆盛は一瞬で去った。流行なんてそんなもんだ。そこで第3弾「黒いジャガー/アフリカ作戦」(1973年)では方向転換。舞台の大半はハーレムから離れてエチオピアとパリに移り、シャフトはアウェイで活動することになる。

この作品ははっきり「脱ブラックパワー映画」。監督も前作までのゴードン・パークス(黒人)からジョン・ギラーミンに、脚本もスターリング・シリファントと、ともに白人となった(ちなみにこの白人コンビが、この次に作ったのが「タワーリング・インフェルノ」だ)

この「アフリカ作戦」は、よく「現代の奴隷貿易にシャフトが潜入」などといわれるが、これは誇大広告。実際には東アフリカのエチオピアからフランスへの密入国斡旋組織がテーマで、外国人不法就労問題だ。なので、東アフリカを他の地域に変更すれば、意外と現代でも通用する、いや現代のほうがむしろリアリティのあるテーマかもしれない。そうすれば、ハーレムの黒人探偵シャフトが登場する必然性もなくなるので、そういう意味でも「脱ブラックパワー映画」だったわけだ。

この作品がヒットすれば、「黒いジャガー」は今日までも続くヒットシリーズになったのかもしれないが、残念ながらそこまでうまくはいかず、劇場映画は本作で打ち切り。「アフリカ作戦」と並行する形で作られていたテレビシリーズも不発に終わり、ジョン・シャフトは表舞台から姿を消した。

「ブラックパワー映画」はやはり「時代の仇花」だったのか。ただこのムーブメントが映画史に残した意味は大きい。それまで白人俳優に独占されていた「主演スター」の座に、黒人も座れることになり、そこから映画の世界では「人種の壁」が崩壊した(見た目では)。このあとに東洋人を主役とした「カラテ映画」の世界的ブームが起きたのは、決して偶然ではない。

というような歴史的価値はともかくとして、ジョン・シャフトはカッコイイのだ。確かに今見ると、当時は超暴力的に見えたアクションも大したことはないし、黒の革ジャンで決めたシャフトのファッションも、むしろフツー。とはいえ、マフィアも警察も恐れない一匹狼のシャフトは、ブラックパワーとかとは関係なく、アクションヒーローとしての魅力を充分に有している。たった3本の映画と7エピソードのTVドラマだけで埋もれさせるのは、いかにも惜しいと思うぞ。

と思ったのは私だけではなかったようで、2000年に「シャフト」が製作された。当初は第1作「黒いジャガー」のリメイクと言われたが、実際にはそうではなく、ストーリーはオリジナルなものに変更されている。

で、冒頭にジョン・シャフトがニューヨーク市警の刑事として登場するのでアレレとなるが、じつはこのシャフトは、あの「黒いジャガー」の私立探偵シャフトの甥っ子という設定。ま、それならアリか。

こちらのシャフトも、警察官の領分をはみ出して暴れるあたり、充分に叔父さんの素質を引き継いでいる。あの「ガハハハッ」という豪快な笑いも。演じたサミュエル・L・ジャクスンは、先代に十二分な尊敬をもってこの役を演じたようで、みごとに2代目をつとめあげた。

初代シャフトのリチャード・ラウンドツリーもちゃんと叔父のアンクル・ジョン・シャフト役で出演しているし、アイザック・ヘイズの主題歌もそのまま使うなど、昔のファンにも気が配られている。いいことだ。娯楽映画ってのは、こうじゃなくっちゃね

2000年製作の「シャフト」には、もはや「ブラックパワー」の影はカケラもない。ジョン・シャフトは黒人でなくても一向に差し支えないようなストーリーになっているし、事件も人種問題にちょっとばかりからめてはいるが、そう深刻に扱ってもいない。にもかかわらず、充分に面白いことが逆に、「黒人私立探偵ジョン・シャフト」が単なる「ブラックパワー映画のヒーロー」ではなく、普遍的な魅力を備えていることの証明になっている。

だが、2代目シャフトはシリーズ化されることなく、もう15年が過ぎてしまった。じつに残念なことだ。いつかまた、シャフトにスクリーンであってみたいものだ。

追記:原作者のアーネスト・タイディマンは1928年生まれで1984年没。シャフト・シリーズは前記したように7作書かれている。

「Shaft」(1971)『黒いジャガー』/「Shaft Among the Jews」(1973)/「 Shaft's Big Score」(1972)『シャフト旋風』/「Shaft Has a Ball」(1973)/「Goodbye, Mr. Shaft」(1974)/「Shaft's Carnival of Killers」(1975)/「Last Shaft」(1975)

このうち、邦訳もある『シャフト旋風』は厳密には映画の原作ではなく、タイディマン自身が書いた脚本を自らノベライズしたもの。なお、タイディマンは「フレンチ・コネクション」でアカデミー賞の脚色賞を受賞している。ちなみに、黒人ではない。

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 映画つれづれ 目次

【2019/6/17】 待った甲斐がありました。待望ひさしい「SHAFT」の新作が完成したようです。まもなくNETFLIXで公開されるとか。どうやら3代目シャフトが活躍する模様。日本でも配信されるそうなので、これは見逃せないぞ!



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