仮面貴族は銀幕に躍る

メキシコ映画ってのは、マイナー映画趣味のある人間には魅力たっぷりだ。いや芸術的価値とかでは、もちろんない。その怪しげな雰囲気が魅力なのだ。

聞くところによると、アクションとファンタジイの入り混じった映画が量産されていて、「アステカ・ミイラ(the Aztec Mummy)」なる人気シリーズがあるとかないとか、吸血鬼や狼男や宇宙人が乱舞するような、奇っ怪な映画世界がある……らしい。

というのも、そのほとんどは太平洋を渡ってわが日本にまで来ることはなく、いや世界の映画市場に出ることすらも稀な「秘境」だからだ。

そんな中でも、その存在だけはわりと知られているのが、メキシコのプロレス、ルチャ・リブレを題材にした、いわゆるルチャ映画だ。

それは、スタローンの「パラダイス・アレイ」とかハルク・ホーガンが主演したようなプロレス映画とは、まったくちがう存在。ホーガンの映画だって相当なアレなシロモノであることは前にも書いたが、あんなのはまともな方なのである。

そんなルチャ映画のなかでも、もっとも有名かつ本数も多いのが、「聖者」の異名をとった国民的レスラー、エル・サントの主演シリーズ。

エル・サントは「メキシコの力道山」ともいわれる覆面レスラーだが、プロレスのスーパースター(スペルエストレージャ)であると同時に映画スターでもあったのだから、ある意味、力道山よりもすごい

その主演映画は、残念ながら日本で公開されたりソフト化されたことはないようなのだが、1958年の「Santo contra el Cerebro del Mal(サント対悪の頭脳)」から最後の出演作1982年の「La furia de los karatecas(空手の怒り)」まで、その数じつに50本におよぶ。専門の映画俳優でもここまで出てる人はそうはいないぞ。

その映画は、どれもこんな感じらしい。

まず、主役は人気レスラー(ルチャドール)のエル・サントその人。つまり実名出演。で、彼がいつものように試合をしているころ、町で怪事件が起きる。困った警察のお偉方はサントに電話して援助を要請。そこで試合を終えたサントが事件解決に乗り出すのだ。要するにバットマンやスーパーマンの役割をサントが果たすということで、だからサントが白覆面のリングコスチュームのまま街中で奮闘しても、さほど不自然ではない……ということだろうな。

対決する事件は、だいたいスーパーナチュラルもの。吸血鬼や狼男や宇宙人が乱舞するような……あ、それはさっき言ったか。要するにザ・メキシコ映画なのだ。

サントのタッグ・パートナーでもあったブルー・デモンや、サントの実子で後継ぎのエル・イホ・デル・サントらの主演映画もあるのだが、基本的パターンは同じだそうだ。見たいかね?

さて、日本でメキシコのプロレスラーといえば、「仮面貴族」ことミル・マスカラスがだんぜん有名だが、じつは彼も同じようにたくさんのルチャ映画に主演している。知ってた?

時代的にサントよりも1世代若いがゆえに、サントほど多くの映画には出ていないが、その主演作は軽く20本以上ある。デビュー作は1966年の「Mil Máscaras」リングネームがタイトルそのまんまだ。

まあ、中身はサントものと大して違わない(二人が共演しているものもある)。サントと違うのは、あくまでメキシコ国内の伝説的存在だったサントに対し、マスカラスはアメリカやヨーロッパ、そして日本でも人気者だった点だ。だから彼の映画は世界中で公開されている……

というのは嘘で、やはりルチャ映画はその強烈さゆえか、日本でもアメリカでもヨーロッパでも、しょせんはキワモノあつかい。20本以上もあるマスカラス主演作のうち、日本で劇場公開されたのは1988年の「ミル・マスカラス/愛と宿命のルチャ(La Verdad de la Lucha)」のみ。それも公開は製作の10年後だった。ほかは、いずれもソフト発売のみで、わずかに4本だけ。

「Los Campeones Justicieros(ミル・マスカラスの幻の美女とチャンピオン)」(1970年)

「Las Momias de San Ángel(ミル・マスカラスのゴング1)」(1972年)

「El Robo de las Momias de Guanajuato(ミル・マスカラスのゴング2)」(1972年)

「Vuelven los Campeones Justicieros(荒野のルチャ・ライダース/地底王国を撃破せよ!)」(1972年)

なんか、どれも邦題が凄いよね。

私はアメリカで買ったマスカラス映画のVHSを一本持っている。メキシコからの移民社会があり、スペイン語人口も多いアメリカでは、メキシコ映画はけっこうポピュラーなのだ。だが、わが家の混沌に呑まれたそのVHSの所在は現在不明だし、それがどの映画なのか、もはやさっぱりわからない。しかも、映画の本編中に試合の中継が入るところ以外はよく覚えていなかったりする。まあいいか

マスカラス御大がいまだ現役レスラーなのはご存じのとおりだが、近年になってまた映画にも出ているらしい。メキシコでは先の「ミル・マスカラス/愛と宿命のルチャ」を最後にマスカラス映画は作られていないようだが、アメリカで2008年に製作された、「Mil Mascaras vs. the Aztec Mummy(ミル・マスカラス対アステカ・ミイラ)」というものすごく気になるタイトルの映画をはじめ、3本が作られている。ちょっと見たいぞ

しかし、マスカラスがメキシコ本国でなくアメリカで映画を作っているということは、もうメキシコではルチャ映画は作られていないのか? 「レイ・ミステリオ対黄金の吸血鬼」とか「ミスティコと恐怖のフランケンシュタイン」とか「アルベルト・デル・リオと宇宙人の遭遇」とか、なし?

そこでひとつ、新たなビジネスを思いついた。

日本には、メキシコで実績や知名度のある日本人レスラーがたくさんいるじゃないか。若手の修業時代をメキシコで過ごすレスラーが多いせいだ。彼らの主演で安っぽいホラーアクション映画を作ってメキシコで売り出すというのはどうだろうか?

ウルティモ・ドラゴン対ゾンビ軍団」とか「ザ・グレート・サスケとキョンシー一家」とか「CIMAvsエイリアン&プレデター」とか。

決定版は、世界のレジェンドである獣神サンダー・ライガー主演作。ストーリーはこうだ。「はるか神話の時代より繰り広げられた、善と悪の戦い。善神の血を引く主人公・大牙剣は、現代に復活した邪神の末裔から世界を救うため、獣神と一体化して戦う」いやいや、原作に戻してどうする(笑)

メキシコ滞在が長かった彼らはスペイン語はバッチリなはずだし、そうむずかしいものを作る必要もない。500円映画程度で充分だろう。資金的に余裕がある新日本プロレスとか、映像に強いDDTあたりで、どうかね? アイデア料は負けとくよ(笑)

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