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こちら87分署〔下〕

あらゆる刑事ドラマの元祖であり本家である、エド・マクベインのミステリ小説「87分署シリーズ」の映像化の歴史を追っています。ここからは後編。

さて、いよいよ舞台は日本へ(笑)

1959年発表の『キングの身代金』を原作として、黒沢明が翻案映画化した「天国と地獄」(1963年)が、「87分署シリーズ」映像化の新たな歴史をひらいた。この映画は、いうまでもなく日本映画史上、いや世界映画史上でも屈指の名作ミステリ映画だ。まさか、知らない人はいないよね。

原作で主役のスティーブン・キャレラ刑事にあたる役は、ご存じのように仲代達矢が演じた。すごい迫力。そしてこれを機に、日本では原作小説も人気作品となり、映像化が続くことになるのだ。

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大ヒットとなった「天国と地獄」で味をしめた(?)東宝映画は、すぐさま『殺意の楔』(1959年)を、「天国と地獄」と同じ山崎努の主演で映画化した(監督は黒沢ではなく岩内克己で、キャレラにあたる刑事役は加山雄三)。

その「恐怖の時間」(1964年)は、残念ながら柳の下の二匹目のドジョウとはならなかったようだ。私はこの映画、なぜかタッチの差で見逃し続けている。いつか、ちゃんと見たいのだが。

おもしろいことに、同じ年に同じ『殺意の楔』がフランスで映画化されているという。「La soupe aux poulets」というタイトル(チキンスープという意味だそうだ)だが、どんな映画になっていたのか? だいたい同じ小説の映画化権を、そんなにあっちこっち同時に売っていいのかいな。

そのフランスでも「87分署シリーズ」は人気があるらしく、1971年には『10プラス1』が映画化され、日本でも「刑事キャレラ/10+1の追撃」として公開された。キャレラ役はジャン・ルイ・トランティニヤン。そういえば、私はこれもちゃんと見てないな。

アメリカでも同じころに『警官(さつ)』が映画化され、日本では「複数犯罪」のタイトルで1972年に公開されている。キャレラ役にバート・レイノルズ、悪党のデフマンをユル・ブリンナーが演じ、なかなか面白い映画に仕上がっていた。原題でもあり邦題でもある「さつ(FAZZ!)」の意味がラストでわかるというオチがイイ。

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このあと1977年に、カナダとフランスの合作で『血の絆』が映画化されている。監督がクロード・シャブロル、キャレラをドナルド・サザーラントが演じたこの作品は日本では劇場未公開のまま、「刑事キャレラ/血の絆」のタイトルでビデオ発売された。けっこう地味な作品。

そして1981年にはまたしても日本で、『クレアが死んでいる』が市川崑・監督、水谷豊主演で「幸福」として映画化される。パッと見が「87分署シリーズ」らしくないので、見逃している方も多いかも。じつは私も長いあいだ、これが「87分署」だとは知らなかった。

こうしてみると、どうもアメリカ本国よりも、日本やフランスなど外国での映像化が多いようだ。

さらに、今回これを調べていて、「87分署シリーズ」がチェコスロヴァキアでテレビ化されていることをはじめて知った。知らなかったでしょ?

1980年の「Panenka」、1991年の「Skládacka」、そして1992年の「Brokovnice」だ。それぞれ原作は『人形とキャレラ』『はめ絵』『ショットガン』。チェコ語のタイトルは原題の直訳。はたしてどんなドラマになっているのだろう? いつか見る機会があるだろうか?

だがなんといっても、「87分署シリーズ」をいちばん多く映像化しているのは、わが日本のテレビ界だ。

1980年にフジテレビが「87分署シリーズ・裸の街」としてシリーズの主要作品を連続ドラマ化した。キャレラ刑事にあたる友成刑事を古谷一行が演じ、田中邦衛、高橋悦史、村野武範、石橋正次らがレギュラーで87分署(横浜の加田町署になっていた)刑事陣に扮した。全26話。

次いで1992年からNTVの「火曜サスペンス劇場」で断続的に「わが町」として2時間ドラマ化されている。舞台は東京の西月島署で、キャレラ刑事にあたる森田刑事に渡辺謙。ほかの刑事たちを蟹江敬三、佐藤B作、平田満らが演じていた。全10話。

また上川隆也がキャレラ刑事にあたる久留島刑事を演じた2時間ドラマがテレビ東京で2本作られている。2005年の「殺意」(原作は『殺意の楔』)と2007年の「顔のない女」(原作は『被害者の顔』) 続編に期待したのだが、上川さんが多忙になったのか、これっきりで終わったのは惜しまれる。

アメリカでも1990年代半ばに『稲妻』『凍った街』『熱波』が、この順で連続的にTVムービー化されている。キャレラ役は、最初の「サイコパス/死体の刻印」(1995年・ビデオ発売のみ)ではランディ・クェイドだったが、あとの2作ではデイル・ミッドキフに交代している。最後の「エド・マクベインの87分署/熱く長い夜」は日本でもビデオ発売された。

総じて、なぜか外国での映像化が多いのは、やはり原作のスタイルにそれだけ普遍性があるせいだろうか。考えてみたら、警察や捜査の仕組みなんて、世界のどこでもそうは変わらないからかな。

あれ、気がついたら、「87分署シリーズ」の映像化が途絶えて、もうじき10年になるんだ。そろそろどっか、やりませんか? それに、1981年の「幸福」を最後に、劇場用の映画が作られていない。そろそろ大スクリーン(死語か?)で躍動するキャレラ刑事を見たいぞ。テレビドラマやコミック原作の「劇場版」ばかり作ってないでさ

企画にお困りの映画屋さん、いかがですか(笑)

  映画つれづれ 目次

最後にオマケをつけておきましたので、よろしかったらどうぞ。

「87分署」をどう読みますか?

英語で「87th」とあるので、「eighty-seventh」つまり「ハチジュウナナ分署」が正確な読みかたかと思います。オフィシャルにはそうなっているのかな? ただ私はなんとなく「ハチナナ分署」と読むほうがカッコよく思えるので、個人的には長年そう呼びならわしてきましたが、いかがでしょうか。

原作小説の翻訳は、一部をのぞいて、早川書房のポケットミステリ(通称ポケミス)で刊行されてきました。そして、その表紙の抽象画には、必ず「87」の数字が刻み込まれています。お手近に本がおありの方はお確かめください。

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これは、2010年に亡くなるまでずっとポケミスの装画を担当されてきた勝呂忠さんのこだわりだったそうです。原画が完成した後で、その作品が「87分署シリーズ」だとわかったときには、わざわざ後から原画に「87」の刻みを入れておられたとか。ほんとうに、こだわりだったんですねぇ。

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