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夜の目も眠らぬピンカートン

先日、007シリーズの名脇役フェリックス・レイターについて書いた際にすっかり書き忘れたことを思い出しました。

原作小説のシリーズ第2作『死ぬのは奴らだ』で負傷したレイターは、それが原因でCIAを退き、民間企業に就職していました。なので第4作『ダイヤモンドは永遠に』でふたたびジェイムズ・ボンドの前に現われたときには、じつはスパイではありません。

そのレイターが当時所属していたのが、ピンカートン探偵社です。

ピンカートン探偵社(Pinkerton National Detective Agency)は実在したアメリカの私立探偵・警備会社です。聞いたことがある人もいるでしょう。

創設は1855年。スコットランド生まれのアラン・ピンカートンがシカゴで鉄道会社などのために設立し、アメリカ初の私立探偵社といわれています。政府や大企業の依頼を受けて犯罪捜査や犯人捕縛、要人警護などを請け負い、大企業化しました。一時期は合衆国陸軍よりも多くの人員を動かしていたと言われています。最も勢力をもっていたのは西部開拓の時代でしょうか。

たとえば、2007年のウェスタン映画「3時10分、決断のとき」

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ここでピーター・フォンダが演じていたのが、ピンカートン探偵社所属のガンマン。冒頭で駅馬車の護衛をしていますが、こうした護衛業務もピンカートン探偵社の業務のひとつ。その後も、アウトローのベン・ウェイド(ラッセル・クロウ)を執念深く追いつめ、さらには囚人護送もしますが、こうした賞金稼ぎめいたことも業務の一環だったようです。

というのも、州境も管轄も関係なく広域で活動するアウトローを捕らえるのに、保安官(シェリフ)など西部開拓時代の法執行機関は向いていなかったのです。

アメリカという国は「合衆国」というくらいで、50の州(State)が連邦を組んでいる国なので、その個々の州はある程度の自治を行ない独立しています。なので法執行制度も州ごとに違っていたりします。そのため法執行機関の管轄も細かく分かれていて、たとえば犯罪者が州や郡や町を出れば、その地区の警察はもう手を出せなかったりするのです。こうした状態はアメリカ全土を管轄する連邦法執行機関のFBIが創設され機能する第一次大戦後まで続いていました。

だから、1985年の「シルバラード」の冒頭で登場する英国人保安官(ジョン・クリーズ)が、自分の町から追撃隊を率いて主人公たちを追いながら、形勢不利と見るや「もはや管轄外だ」と宣言してさっさと引き返してしまうシーンなどは、ある意味非常に正確なのです。

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そうしたアメリカの法執行機関の欠陥を埋めていたのが、ピンカートン探偵社に代表されるような民間企業だったわけです。

「明日に向かって撃て」(1969年)で、ブッチ・キャシディ(ポール・ニューマン)とサンダンス・キッド(ロバート・レッドフォード)を延々と追跡し、ついには彼らが南米のボリビアへ逃れるまでに追い詰める6人の腕利きガンマンたちも、ピンカートン探偵社の所属。

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映画の中でピンカートンの名は明言はされていなかったようですが、彼らがユニオン・パシフィック鉄道のハリマン会長(実在の人物)に雇われているというセリフが出てくるし、彼らは本来の本拠地を離れてきているらしいので、ピンカートンのガンマンなのは間違いありません(史実でもブッチとサンダンスの強盗団を追い詰めたのはピンカートン探偵社の仕事)

と、この映画に顕著なように、アウトローを主人公に描くウェスタンの多くでは、ピンカートン探偵社は悪役、敵役に配されることが多いようです。これは、ピンカートン探偵社が主に大企業や政府の仕事で、スト破りなどを多く引き受けたゆえのイメージなのでしょうか。

それらとはちょっと違ったポジションでピンカートン探偵社の探偵が登場するのが「レジェンド・オブ・ゾロ」(2005年)

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カリフォルニアの合衆国加盟を背景にした快傑ゾロ(アントニオ・バンデラス)の活躍を描くこの作品に、ピンカートン探偵社のエージェントが登場しています。詳しくはネタバレになるので書けないんですが、彼らが「アメリカ合衆国の依頼を受けたピンカートン探偵社のものだ」と名乗るシーンがあります。実際にピンカートン探偵社はアメリカ政府の仕事を多く請け負っていたので、ああいう仕事もしていたのかなと思わせます。

ただしカリフォルニア州の成立は1850年のことで、ピンカートン探偵社の創設よりも前のことなので、時代考証的には正しくありません。ですがまぁ、フィクションなんだからそんなことはどうでもいいですよね。

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これがピンカートン探偵社の広告。この眼のイラストと「We Never Sleep」のコピーが有名ですね。

この眼のイラストが、私立探偵のことを「Private Eye」と呼ぶようになった由来だという説もあります。

「We Never Sleep」のコピーのほうも非常に有名で、いろいろに訳されていますが、今回のタイトルに使わせてもらったのは『ダイヤモンドは永遠に』の章タイトルに使われたものを翻訳者の井上一夫氏が訳されたものを拝借しました。もっともあちらの原文は、どういうわけか「The Eye that Never Sleep」と微妙に変わっていますが。

最後におまけ。こちらが、ピンカートン探偵社の創立者アラン・ピンカートン氏です(1819~1884)

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猛威を振るい、栄華を誇ったピンカートン探偵社も、公的な警察組織が整備されるにつれて仕事を失い、業績が落ち込んだそうです。現在は警備会社として、外国資本の傘下に入っているんだとか。栄枯盛衰は世の習いですね。

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