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007かね? こちらは000だが

007シリーズの最新作「ノー・タイム・トゥ・ダイ」をようやく見ることができました。コロナ禍のせいもあって再三公開が延期され、一時はネット配信になるとかいう噂もあって気を揉みましたが、無事に6年ぶりでジェイムズ・ボンドに会えて、まぁよかったよかった。

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いろいろと衝撃的なこともある作品になっていましたが、これで「カジノ・ロワイヤル」から始まったダニエル・クレイグ=ジェイムズ・ボンドのサーガ(5部作)はめでたく完結。

あのラストにはさまざまな論議もあるようですが、原作小説を読んでいればわかりますよね、あのラスト。なぜ「死の島」なのか、なぜそれが日本近海にあるのか……『007は二度死ぬ』を読んでみましょう。

そんな「ノー・タイム・トゥ・ダイ」でしたが、私が個人的に最も衝撃を受けたのは、中盤でフェリックス・レイターがあんなことになったシーンでした。あなたはどうでしたか?

アメリカCIAの情報員で、ボンドがもっとも信頼する同業者でもあるレイター(ライターとも表記します)は、じつは私のいちばん好きなキャラクターでもあります。

【以下、多少のネタバレがありますので、ご注意ください】

原作小説では、第1作『カジノ・ロワイヤル』で早くも登場。ル・シッフルとの大勝負で窮地に立ったボンドを救うのがレイターの見せ場です。ボンドのもとに秘かに届く「マーシャル援助物資。三千二百万フラン。アメリカ合衆国より」というメモのかっこよさが、彼の真骨頂。

でも小説第2作『死ぬのは奴らだ』では悲劇に見舞われ、片手片足を失います。それでも第4作『ダイヤモンドは永遠に』では鋼鉄の義手をつけてボンドの前に現われ、さらには『ゴールドフィンガー』『サンダーボール作戦』ではボンドをサポートしてカッコいいところを見せ、最後の長編『黄金の銃を持つ男』でも活躍します。

ことに『サンダーボール作戦』の登場シーンは私のお気に入り。バハマに飛んだボンドが、コンタクト相手が旧知のレイターとは知らずに空港で待っていると、その背後からいきなり現われてボンドを大いに驚かせます。その際のセリフが今回のタイトルにいただいた「007かね? こちらは000だが」 このあと昼食に入ったレストランで二人が出された料理をこき下ろすシーンもなかなか愉快。

そんな重要人物であるフェリックス・レイターですが、なぜか映画のほうではぞんざいに扱われています。イギリス人の製作者たちは、アメリカ人がカッコよく活躍するのは好きじゃないんですかね。

イオン・プロの正統007シリーズ第1作の「ドクター・ノオ」(1962年)では、原作小説には登場しないのに、ちゃんとフェリックス・レイターが登場しています。ジャマイカでボンドをサポートするのですが、原作には登場しないレイターを敢えて投入したあたり、007をシリーズにする意図が最初の最初から製作側にあったことの証拠でしょう。

初代レイターを演じたのは、ジャック・ロード。アクターズ・スタジオ出身で舞台から転身してテレビや映画に出演。映画では「ドクター・ノオ」以外にはそれほど大きな役はないのですが、テレビでは1968年から開始された「ハワイ5-0」で主役を演じています。ヒットして12シーズンも続く長寿番組となり、彼の代表作になっていますね。

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伝記まで出ています

第2作「ロシアより愛をこめて」(1963年)では舞台がトルコなのでレイターの出番はなしでしたが、続く「ゴールドフィンガー」(1964年)では、ケンタッキーのゴールドフィンガーの牧場で孤立無援となったボンドをサポートする役回り。

当初はジャック・ロードが続演する予定だったらしいですが、ギャラで揉めたとかで実現せず、別の役で出演予定だったセク・リンダーが急遽2代目レイターを演じました。

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今回はあまりカッコよく活躍するシーンもなく、演じたリンダ―もパッとした印象を残せませんでした。この変更と印象の薄さが、この後の歴代レイターの地位を地味なものにした決定打だったかもしれません。すると、リンダ―が「戦犯」だったのでしょうか。

ただ、ボンドをサポートしてゴールドフィンガーの牧場を監視している時に、昼食としてケンタッキー・フライドチキンをパクついていたのが印象といえば印象。場所がケンタッキー州だからですが、当時はまだ日本には進出していなかったKFCがスクリーンに登場した、ひょっとしたら初めての事例だったかもしれません。

「サンダーボール作戦」(1965年)では、ほぼ原作どおりにボンドとともにバハマで活動します。当然のように演者も変更され、初代のジャック・ロードに近い印象のリック・ヴァン・ナッターが三代目を襲名。

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こちらは、サンゴ礁で孤立したボンドを救出するなど、それなりに活躍しましたが、クライマックスのアクションには不参加だったりして、どうも扱いが小さかった気がしますね。ナッターも悪くなかったのですがやはり印象は薄く、ほかの映画であんまり見たことがありません。

その後の2作ではレイターの出番はなく、1971年の「ダイヤモンドは永遠に」でひさびさに登場します。今回もアメリカが舞台なので、当然でしょう。4代目レイターを演じたのは、ノーマン・バートン

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こちらは多くの映画、テレビで活躍した人なので、顔に見覚えのある方もいるのでは?

私には「激走!5000キロ」で街道レースをしつこく追い続ける刑事や、「タワーリング・インフェルノ」の工事主任が印象強いのですが、意外なところでは「猿の惑星」(1968年)で、最初に出現するゴリラの隊長があります。もちろん、顔はわからないけどさ。その後も「猿の惑星」には何度も出演しています。気に入ったのかな。

ただ「ダイヤモンドは永遠に」では、あまりカッコイイ役ではなく、映画そのものの印象の悪さもあって、続投はならず。ボンドがロジャー・ムーアに変わった「死ぬのは奴らだ」(1973年)ではまたまた交代して、5代目にデヴィッド・ヘディソンが就任します。

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こうして見ると、「ゴールドフィンガー」「ダイヤモンドは永遠に」そしてこの「死ぬのは奴らだ」と、アメリカ国内が舞台になると、レイターの出番が増えるようですね。

いやちょっと待て。レイターはCIA所属でしょ。CIAはアメリカ国内では活動できないんじゃなかったっけ。なのに、いつも地元警察を相手に指示出したりして、どうもエラそうですね。いいんでしょうか?

話は戻りますが、「死ぬのは奴らだ」でもニューヨークやフロリダでボンドが大暴れすると、その後始末に奔走する羽目になるなど、いまひとつパッとしない感じになった5代目レイターでしたが、デヴィッド・ヘディソンはのちに大仕事をすることになります。

その後しばらく007シリーズからフェリックス・レイターは姿を消すことになります。ロジャー・ムーアとの相性がよくなかったのか、それともアメリカ国内での展開が少なかったせいなのか。

そのレイターが復活するのは、15年ほど後、ボンドが代替わりしてティモシー・ダルトンになった「リビング・デイライツ」(1987年)でのことでした。

情報部の指令に反して動き孤立したボンドに手を差しのべるという、まぁいつもの役回り。6代目レイターを演じたのはジョン・テリー

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いままでの謹厳実直公務員タイプのフェリックス・レイターとは一変して、ふたりの美人助手を従えたプレイボーイタイプ。おいおいそりゃ、電撃フリントとかマット・ヘルムといった、かつて大いに流行った亜流007のスタイルでしょう。フレッシュに若返ったダルトン=ボンドにあわせて、レイターのスタイルも変えたってことでしょうか。

ところがこの路線はわずか一作でなかったことにされちゃいます。

続く「消されたライセンス」(1989年)では、たぶんシリーズ史上初めて、フェリックス・レイターがストーリー上で重要な役割を担います。

この作品でレイターは逮捕した麻薬王の復讐で瀕死の重傷を負わされ、ボンドは情報部の指令ではなく個人的な復讐心から麻薬王を追うというのが、ストーリーの根幹になります。フェリックス・レイターはいわばストーリーを動かすエンジンとなるわけで、これまでボンドの脇をうろちょろしていた歴代レイターたちとは重要度がまったく違いますね。

この重要なレイターを演じたのは、なぜか「死ぬのは奴らだ」でレイターを演じた5代目のデヴィッド・ヘディソンが再起用されました。史上初、フェリックス・レイターを再演したことになるのですが、この起用はちょっと不思議。

年齢的にも見た目も、明らかにダルトン=ボンドよりもかなり年上で、ボンドの親友というには、少々年の差が気になります。まぁ、前作のプレイボーイ系レイターでは重みが出ないということだったんでしょうか。これでは6代目の立つ瀬がありませんねぇ。

ちなみに、レイターが重傷を負わされるシーンは、原作の『死ぬのは奴らだ』からの引用。だとすると、次作では鋼鉄の義手を装備したフェリックス・レイターが登場するはずだと期待したのは、まあ私だけでしょうね。

期待は見事に裏切られ、以後フェリックス・レイターは007シリーズから姿を消します。なので次のボンドを演じたピアース・ブロスナンは、1作だけで消えたジョージ・レーゼンビーを除くと、フェリックス・レイターと共演しなかった唯一のボンド俳優ということになりますね。

そのレイターが復活したのがダルトン=ボンドのサーガになってから。シリーズそのものの作りも変わったここからの5作では、フェリックス・レイターはジェフリー・ライトが演じ続けました。これはこれで画期的です。もっとも、実際に姿を見せたのは、「カジノ・ロワイヤル」(2006年)と「慰めの報酬」(2008年)、そして「ノー・タイム・トゥ・ダイ」だけ。あれ、そうすると今回は13年ぶりの再会だったのか。

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「ノー・タイム・トゥ・ダイ」の展開に重みをもたせるには、まぁこの人の再起用しかないでしょうから、納得の人選です。

この7代目レイターについては、よく「初の黒人起用」などといわれますが、そうでないことは賢明なファンならばご存知のはず。

イオン・プロの正統シリーズでは確かにそうですが、ショーン・コネリーがボンドを演じて『サンダーボール作戦』を再映画化した「ネバーセイ・ネバーアゲイン」(1983年)で、すでにバーニー・ケイシーがフェリックス・レイターを演じていますからね。

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元アメリカン・フットボールのプロ選手で、引退後に俳優に転じたケーシーは、「新・荒野の七人/馬上の決闘」などでおなじみでした。映画そのものが番外編的なムードに満ち溢れていた「ネバーセイ・ネバーアゲイン」でしたので、初の黒人レイターがそれほど記憶に残らなかったのは残念でした。

と、ここまで述べたら、やはりもう一人のフェリックス・レイターにも触れるべきでしょう。

1954年にアメリカのテレビドラマになった「カジノ・ロワイヤル」でレイターを演じたマイケル・ペイトを忘れてはいけません。ちゃんと原作どおりにボンドを補佐する役をつとめていました。この人が人類史上初めて映像化されたレイターを演じた元祖なわけです。

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1950年代からウェスタンなどで長く活躍した人だけに、この悪党面に見覚えのある方も多いでしょう。

ただし、この人を初代フェリックス・レイターと認定することはできません

というのも、このテレビ版「カジノ・ロワイヤル」では、ジェイムズ・ボンドはアメリカ向けにアメリカ情報部のジミー・ボンドに改変され、それにあわせてレイターもイギリス情報部のクラレンス・レイターに変更されているのです。だから「フェリックス」レイターではないんですね。細かいけど。

ついでに言えば、残る番外ボンド映画「カジノ・ロワイヤル」 (1967年)には、フェリックス・レイターは登場していません。なぜでしょうか、謎です。私は長いあいだ、終盤に登場するウィリアム・ホールデンがレイターだと思っていましたが、彼は同じCIAでもランサムという男だそうです。誰なんだ?

「ノー・タイム・トゥ・ダイ」の終わり方から、これで007シリーズは終了なんじゃないかという憶測も出ているようですが、まあそんなことはないでしょう。

エンドクレジットにはいつも通りに「JAMES BOND WILL RETURN」と出ていましたし、あの終わり方は原作小説の引用だからです。詳しくは原作の『黄金の銃を持つ男』の冒頭を読んでください。

つまりこういうことです。

FELIX LEITER WILL RETURN

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