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トムとディックとハリー

トムといってもネズミとなかよく喧嘩するネコのことじゃない。ディックといっても名探偵トレイシーでもPKのことでもない。ハリーといってもキャラハンでもポッターでもない。

第2次世界大戦のさなか、ドイツ軍の捕虜収容所から76名もの捕虜がトンネルを掘って脱走したという歴史的事実をもとにした映画「大脱走」で登場する、連合軍の捕虜たちが掘った3本のトンネルの暗号名である。

物資がないに等しい捕虜収容所での素晴らしい創意工夫や、スリリングな脱走劇、そしてダイナミックなアクション。「大脱走」こそは、「男の子が必ず見なければならない映画」だ。

で、その「大脱走」で、「トンネル」という言葉を監視のドイツ兵に聞きとがめられる危険を回避するために、3本のトンネルは、トム、ディック、ハリーと名づけられる。これは映画の原作となった、ポール・ブリックヒルのノンフィクションノベル『大脱走』にも出てくる史実だ。当初は200名以上を脱走させる計画で3本のトンネルが掘られるが、やがて物資の不足や監視の強化から工事はトム1本に絞られ、他の2本は閉鎖される。だがトムは完成寸前に発見されてしまう。それでも挫けぬ捕虜たちは、ハリーを完成させ、脱走に成功するのである。

さてそのトンネルたちだが、トムは途中まで主役をつとめ、トム発覚後はハリーが主役となり、クライマックスの脱走はハリーから行なわれる。では、ディックは?

映画を見ても、トンネルの中のシーンでは、トンネルの区別はまったく見わけがつかない。ま、そりゃそうか。トンネルの区別は、その入り口の場所で印象づけられる。トムの入り口はでっかいダルマストーブの下に、ハリーの入り口はシャワー室の排水口に、それぞれ巧みに隠蔽されるのだが、あれ、そういえば、ディックの入り口は? そういえば、映画の中ではディックの入り口は一度も出てこなかったような……

途中で放棄されてしまったディックだが、気の毒なことに、映画の中でもまったく目立たない。そこで原作を調べてみたら、意外なことが判明した。

原作(つまり史実)では、もっとも巧妙に隠された排水口の入り口こそが、ディックのものだったのだ。そしてストーブの下の入り口はトムではなくハリーのものだった。では、トムの入り口はというと「煙突の近くのコンクリートの床」という地味な場所に設けられていたという。映画では、こぼしたコーヒーから劇的に発見されるトムだが、実際にはカムフラージュのコンクリートが薄かったため、ドイツ兵が棒でつついたら破れたことからバレたそうだ。なんか締まらないね。

映画の演出とはかくあるべしというような話だが、おかげで派手な見せ場をすべて失ってしまったディックには、同情を禁じ得ない。ちなみに実際のディックはどうだったかというと、放棄された後は、トムやハリーの掘削で出た残土の捨て場にされたそうだ。気の毒すぎる。

ちなみに、「大脱走」後も収容所ではトンネル掘りが続けられ、ジョージと名付けられたトンネルが完成していた。季節が冬になったために脱走には使われず、ドイツ軍が敗走時に捕虜を処刑するなどの行為に出た際の非常用脱出用として置かれていたとのことだ。知られざる「続・大脱走」だな。

ちなみに「大脱走」は、セリフのある女性キャストが一人もいないという、まことに男性ばかりのめずらしい映画でもある。ほんとに、男の子向け映画なんだね(もちろん女の子でも楽しめますよ)

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