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トレイン映画〔停車編〕

前回のトレイン映画〔疾走編〕はこちらから

ということで、疾走する列車のうえで繰り広げるアクションが面白いという原稿を書いたあとで、なんなんですが、じつは疾走していない列車の映画も面白いんです。

有名なのは、ミステリの女王・アガサ・クリスティー原作の「オリエント急行殺人事件」 1974年のシドニー・ルメット監督版が、私にはマストアイテムだったんですが、2017年のケネス・ブラナー(名探偵ポアロも演じた)監督版もなかなかの出来ばえでした。ほかに、日本版も含めたテレビ版もあります。

この名作の舞台になるのは、タイトル通りにオリエント急行。トルコのイスタンブールから英仏海峡のカレーまで、まさに東洋とヨーロッパを結ぶ大動脈。その車上で起きた殺人事件に名探偵エルキュール・ポアロが挑むわけなのですが、事件が起きるのはユーゴスラビア付近で大雪にあって臨時停車している最中のこと。

なので、どの映画でも、オリエント急行の豪華列車(走るホテル)は、映画の最初にイスタンブールを出発して事件現場までの間と、事件がすべて解決して再び出発するまでのあいだ、ずっと停車

雪の山中で孤立した列車は、外部からは隔絶された、いわば密室。そこで事件が起きれば、犯人の範囲はおのずと限定されることになります(これを、ミステリ業界の専門用語で「クロ-ズド・サーキット」と呼びます) この状況を作るために、ミステリの女王アガサ・クリスティーの用意した設定なんですが、これがじつに映像向けなんですね。

雪の山中、一面の銀世界のなかに立ち往生した豪華列車。これは絵になる。インスタ映えする。

この見事なお膳立てを活かしさえすれば、それだけでけっこうな映像が作れるのですから、何度も映像化され、人気があるんですね。

ちなみに、それまでも人気作家ではあったものの現在ほどではなかったクリスティーの作品が、世界的に読まれるようになったきっかけも、じつは1974年のルメット監督版の大ヒットだったりします。

映像の凄みでもあり、止まった列車の効果のスゴさの証拠でもあるわけです。

ニューヨークの地下鉄がハイジャックされる、犯罪サスペンス映画の超傑作「サブウェイ・パニック」(1974年)も、動かない列車が舞台になります。

映画の最初では順調に運行しているペラム123(地下鉄の運行番号)は、途中駅で乗り込んだ4人の男にハイジャックされ、駅間の地下トンネルで停車します。

そこから身代金支払いをめぐる息づまる交渉が開始されるのですが、当然のようにその間、ペラム123は、暗いトンネル内でずっと立ち往生

雪の中のオリエント急行と違って、地下トンネルの薄汚い地下鉄車両(当時のニューヨークの地下鉄は汚くて治安も悪かった)は、フツーに考えたら絵になりそうもないんですが、閉塞感はより強く、逆にサスペンスは高まります。

犯人たちが身代金を奪った後、地下にとまった車両からいかにして脱出するかがこの映画のキモなわけですが、そのトリックにもこの状況は重要なのです(ネタバレになるので言いませんが、そのへんは原作者ジョン・ゴーディのお手柄)

映画としては、止まったままほとんど動きのない地下鉄車内(ここに余分なドラマを投入しなかったのも、この映画の成功要因のひとつ)と、対照的に身代金用意のために激しく動く地上側。この静と動の対照を鮮やかに描き分けたのが、最大勝因でした。このへんは、監督ジョセフ・サージェントの腕前です。

こちらも、その後2度にわたってリメイクされましたが、私的には最初の版がオールタイムベストの名作なのであります(個人の見解です)

どうですか、それだけ「止まった地下鉄」が面白かったわけですよ。

映画というのは、あんがい貧乏性なもので、画面に写るものは、たいがいの場合すべて理由があってそこにある。ドアが写ればたいがいは開け閉めされるし、電話が写ればほとんどの場合はかかってくるかかけるかするし、食べ物が写ればたいがいは食べられる(あるいはほかの用途に使われる) 自動車が写れば運転されるか爆破されるし、列車が写れば線路を走る。

でも、列車は走っているばかりが能じゃないというオハナシでした(笑)

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