そして誰もいなくならなかった

今度の日曜日(11月27日)からNHKのBSプレミアムで「そして誰もいなくなった」の放送が始まる。いわずと知れた「ミステリの女王」アガサ・クリスティーの代表作が原作のドラマ。

原作『そして誰もいなくなった』が書かれたのは1939年。

謎の招待主によって孤島に招かれた10人の男女が、マザーグースの童謡の歌詞通りに次々と殺されてゆく。島には彼ら以外には誰もいないので、犯人はこの中にいるに違いないのだが……名探偵エルキュール・ポアロもミス・マープルも登場しないのに、たぶんクリスティーの小説中では最もよく売れている作品である。

今回のドラマは、イギリスのBBCで2015年に製作・放送されたもの。3回のミニシリーズで、これまで何度も映像化されている『そして誰もいなくなった』の(いまのところ)最新の映像化である。

じゃあ、何度目なんだよというのが本日のお題。

『そして誰もいなくなった』は、さすがに人気がある原作だけに、4度も劇場映画化されている。

もっともポピュラーなのは、1945年に名匠ルネ・クレールが監督した「そして誰もいなくなった」(ダドリー・ニコルズ脚本)

次いで、1965年にジョージ・ポロック監督で映画化された、邦題「姿なき殺人者」

さらに1974年のピーター・コリンソン監督版「そして誰もいなくなった」

そして1989年のアラン・バーキンショー監督版で、邦題は「サファリ殺人事件」

面白いのは、クレール監督版以外の3本は、すべて同じピーター・ウェルベックの脚色によるものであること。

この人、じつはハリー・アラン・タワーズという大物プロデューサーのペンネーム。タワーズは、おびただしい数のインデペンデント系映画を手がけている、イギリスのロジャー・コーマンみたいな人物で、ラジオドラマから映画製作に進出し、IMDBによれば1950年代から亡くなるまで(2009年没)実に100本以上の作品を手がけている。が、そのほとんどは「芸術」「上等」「有名」とはほど遠いようだ。

そんな彼が、なぜこの名作ミステリ小説を三度も映画化できたのかは謎だが、事実は事実。

しかも無礼なことに、いずれの映画でも、クリスティー女史がせっかく考えた「孤島を舞台」というコンセプトをボツにし、65年版ではオーストリアの雪山、74年版ではイランのホテル、89年版ではアフリカの大草原へと変更している。大胆な(笑) まあ、要は孤立した環境を作れればいいんだから、いいといえばいいんだが。

そのせいなのか、せっかくの「そして誰もいなくなった」3部作も、「姿なき殺人者」以外は国内未ソフト化で、その「姿なき殺人者」も現在はDVDが廃盤入手困難になっている。困ったもんだ(ルネ・クレール版はちゃんとある)

じつはこのほかに、今回のTVミニシリーズ版に先立つ形で、TVムービー版が存在する。

1959年にアメリカのNBCで放送された「Ten Little Indians」がそれで、フィリップ・H・レイスマン・ジュニアが脚色し、監督は4人がクレジットされている。というのも、どうやら1時間枠の生放送ドラマだったようで、そのために監督が複数必要だったのだろう。いや昔のテレビ屋さんは凄かったんだね。これは、残念ながら日本では未放送だった。

そんなわけで、今度の「そして誰もいなくなった」は、つごう6回目の映像化なのでした……いや、ちょっと待った。

じつは調べていたら、どうやらほかにも『そして誰もなくなった』の映像化が存在するらしいのだ。

ウィキペディアがソースなのでどこまで本当かは保証できないが、以下の作品がリストアップされている。

「Gumnaam」 (1965年)インド(ヒンドゥー語)映画(タイトル英訳: Unknown or Anonymous)

「Nadu Iravil」 (1970年)インド(タミール語)映画(タイトル英訳:In the middle of the night)

「Десять негритят」(1987年)ソ連映画(タイトル英訳:Ten LittleNegroes)スタニスラフ・ゴヴォルーヒン監督

「Aduthathu」 (2012年) インド(タミール語)映画(タイトル英訳:Next)

「Aatagara」 (2015年) インド(カンナダ語)(タイトル英訳:Player)

はたして映画化権をきちんと取得したものなのか、それともちょいと真似だけしたものかは不明。しかし、4度もインドで、しかも異なる3つの言語で映画化されているとは、ちょっと意外な気がする。これらの作品、いつか見ることはできるのだろうか。調べてみようかな。

さて、英語の映画に戻ると、映画の英語タイトルにバリエーションがあることがわかる。代表的なのが「And Then There Were None」と「Ten Little Indians

そもそもアガサ・クリスティーが原作につけたタイトルは、「Ten Little Niggers」という少々問題のある語を使ったもの。作中で使われるマザーグースの歌詞からとったものだから仕方ないが、それでも「政治的に正しくない」語が無造作に使われているあたりに時代を感じるね。だから舞台になる孤島の名前も「黒人島」(穏当に訳しました)

さすがにアメリカでは、これはまずいということになったようで、問題ある表現を修正してつけられたアメリカ版タイトルが「Ten Little Indians」 だから島の名前も「インディアン島」 ところが、この語もその後に「政治的に正しくない」ということになった。

なので現在は原作のタイトルも「And Then There Were None」に、童謡の歌詞も変えられ、島の名前も「兵隊島」になっている。このへん、時代の流れを感じますねえ。

映画のタイトルも原作と同じく、さまざまに変更されたようだ。

ちなみに、日本で原作のタイトルになっている『そして誰もいなくなった』は「And Then There Were None」の直訳。日本のほうが、こうした意識が強いってことなのかな?

  そして誰もいなくなっちゃった

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