タテコモリ映画

今年(2017年)のミステリベストテンで国内首位に輝いたあの作品(ネタバレ要注意) 要は外界から孤立した現場で起きる殺人事件を描く(専門用語でクローズドサークルと呼びます)長篇ミステリ小説なんですが、なかなか読ませます。いろいろ言いたいことはあるんだけどね。

それこそネタバレになるので、未読のかたは以下の記事は、慎重にお読みいただくことをお奨めします

責任持てませんからね(笑)

で、その「孤立した現場」を作る手段が高く評価されているのですが、ここに関しては、私に言わせれば「そうめずらしくないじゃん」となります。

ああ、私は特殊なんでしょうね、もちろん。

一部ネタバレ評論などで引き合いに出されていましたが、こうした状況での孤立という設定を流行らせた「犯人」は、かのジョージ・A・ロメロ監督で間違いないでしょう。

「現代ゾンビもの」というジャンルを打ち立てたのは、彼のデビュー作である「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」(1968年)と、その続編である「ゾンビ」(1978年)

そしてこのふたつともが、ゾンビに包囲されて立てこもる人々を主題にした映画なのです。前者では一軒家に、後者ではそれをグッとスケールアップしたショッピングセンターに。

ことに後年の現代ゾンビものに影響を与えたのは、「ゾンビ」のショッピングセンターでしょう。

公開当時、まだ日本にはああいうショッピングセンターはあまりなく、食料や衣服はもちろん、自動車から銃器までが揃うあの光景は、なかなか目新しいものでした。

近年はさまざまなバリエーションが出てきた現代ゾンビものですが、やはりゾンビに囲まれて孤立するという異常事態は、このジャンルのテッパン・シチュエーションなのは変わりありません。

あのミステリ小説の設定は、この範疇からほとんど一歩も出ていませんよね。そのへんが私には物足りなかった部分なんです。

さて、ではその現代ゾンビものテッパンの設定のルーツはといえば、これはもうリチャード・マシスンの小説『地球最後の男』にほかありません。

1954年に発表され、原題を「 I Am Legend」というこの長篇小説、1958年に翻訳された際には『吸血鬼』という邦題でした。1964年には映画化されましたが、当時は日本未公開(ソフト発売時の邦題は「地球最後の男」)。その後1971年にチャールトン・ヘストン主演で再び映画化され「地球最後の男/オメガマン」として公開された際に、小説も再刊され『地球最後の男/人類SOS』とタイトル変更。さらに1977年に文庫化された際に『地球最後の男』と変更されました。そして世紀が変わって2007年にウィル・スミス主演で三度映画化され「アイ・アム・レジェンド」となった際に、小説のほうも翻訳を改めた『アイ・アム・レジェンド』で再刊。

これだけタイトルが変遷したコンテンツもめずらしいかも。

最初の邦題が示すように、これはゾンビでなく、感染した患者が吸血鬼と化す伝染病の蔓延で人類文明が崩壊し、ただ一人残った主人公が自宅を改造した要塞で孤軍奮闘する物語。まちがいなく「立てこもりモノ」のルーツでしょう。

とはいうものの、これもじつは、戦争映画や西部劇には、けっこうあるシチュエーションの応用なんですね。

戦争映画でいえば、要するに、前に書いた「要塞映画」の裏返しになるわけです。ただ、ダイナミックさに欠けるので、ハリウッド的な大作映画にはあまり類例がありませんが、たとえば若きスティーブ・マックイーンが主演した「突撃隊」(1962年)の敵中孤立とか、バート・ランカスター率いる部隊が古城に立てこもる「大反撃」(1969年)あたりが思い浮かびます。日本映画でいえば「独立愚連隊」(1959年)などがそうかな。圧倒的敵軍に包囲されてるって状況は、そりゃあ閉塞的で、大型娯楽映画向きじゃないんだよなぁ、「立てこもり映画」ってのは。

これが西部劇となると、開拓時代には数で勝るインディアンが敵役になる、たとえば「リオ・グランデの砦」(1950年)とか「砦の29人」(1966年)とかいった「砦もの」たくさんあるわけです。未開拓の西部の荒野は、孤立しやすい環境だったに違いない。

包囲するのがインディアンじゃないのだと、なんといっても「リオ・ブラボー」(1959年)にとどめを刺すわけです。悪党の牧場主一味に町ごと包囲されたジョン・ウェインの保安官たちが、保安官事務所に立てこもって奮闘する痛快アクション西部劇。ただ、彼らは町の中ではけっこうふらふら歩きまわれるので包囲されてる感は薄いかも。

大作ウェスタンでは、もう「アラモ」(1960年)に尽きますね。テキサス独立戦争のさなか、圧倒的なメキシコ軍に包囲されたテキサス義勇兵たちの戦いと全滅を描いたジョン・ウェイン全身全霊の超大作。アメリカではどんな子供でも知ってるような有名な史実を基にしています。私はかつてサンアントニオを訪れた際に、ホンモノのアラモの砦を見て、いたく感動したもんです。これぞ、「立てこもり映画」の決定版、かな?

ほかに犯罪サスペンスの世界では、アル・パチーノたちの銀行強盗が人質を取って籠城する「狼たちの午後」(1975年)など多数の「立てこもり映画」がありますね。それらは、またいずれまとめましょう。

ところで冒頭に戻りますが、くだんのミステリ小説の状況の作り方、じつは同じ本格ミステリ小説に立派な前例があるのは、あまり話題になりませんね。

エラリイ・クイーンの『シャム双生児の秘密』は、大規模な山火事に包囲された屋敷での殺人事件で、どう見ても異常な状況下のクローズドサークルなんですが。

本格ミステリの巨匠クイーンのこの作品、クイーン諸作中でももっともダイナミックな設定なのですが、映像化はされたことがありません。誰かやればいいのに……いやいや、無理だよなやっぱり(笑)

  映画つれづれ 目次

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?