未発売映画劇場「そして誰もいなくなった」(1959年版)

前に書いた「そして誰もいなくならなかった」でご紹介した、アガサ・クリスティーの名作ミステリ『そして誰もいなくなった』の映像化。

なにせ、名高い名作ミステリなので、お膝元の英国やアメリカのみならず、インド、ソ連、フィリピン、ドイツなど、予想以上に映像化が多いことも判明したのだが、そのなかで気を引いたのが、「どうやら生放送で1時間ドラマにしたらしいテレビ版がある」ということ。

テレビの黎明期には、録画機材や媒体が非常に高価だったとはよく聞く話。なので、わが国のテレビ局も、相当有名な番組でも、なかなかアーカイブされていなかったりする。

そんな「録画が高価だった時代」には、けっこうあったらしいのが、生放送のテレビドラマ。以前にこの「未発売映画劇場」で「007」の生放送ドラマ「カジノ・ロワイヤル」をご紹介したが、日本でも初期のテレビドラマにはけっこうあったと聞く。

1959年にアメリカのNBCで放送されたこの「そして誰もいなくなった」も、そうした生放送ドラマの一作だったらしい。

なので、現在では見ることができないと思っていたが、便利な世の中になったもんである。アメリカでDVD化されたものが発売されているのを見つけたので、さっそく取り寄せてみた。

届いたものを見てみると、かなり怪しいシロモノだった。ジャケットもなく、家庭用のDVDディスクにそのままコピーしただけ、その表面にはタイトルがシンプルに印字してある。海賊版ではないが、私家版に近いものなのか。

さて、再生して見ると(リージョンコードなんてものは、もちろんない)いちおう「Video Yesteryear」なるレーベルのクレジットもついていて、さて開始。

いきなり画面に現われるのは、着ぐるみのゾウさん(笑)

そう、先の「カジノ・ロワイヤル」でもそうだったように、放送当時のコマーシャルまで収録されているのだ。たぶん誰かが、まだめずらしかった家庭用ビデオで録画したものをそのままソフト化したのだろう。放送日が1月18日だったので、ドラッグストアのチェーン店かなんかでの1月のセール商品(アスピリン安売り!)のご紹介に、このゾウくんとキレイなお姉さんが登場する。これはドラマ以上にレアなものかも(笑)もちろん本編中にも2~3回割りこんできます。

さて、問題の生放送ドラマの出来ばえだが、総じてうまく脚色されているように感じた。

とはいえ、なにせ60分足らずの放送時間なので、忙しいのは仕方ない。この前のBBCの最新版は同じストーリーを180分かけて映像化していたんだからね。だから、次から次へと死体が転げ出て、驚くヒマもない。

というのも、孤島に招待される人数も10人と、ちょっと考えれば1時間枠のドラマでは無理だろうと思うが、そこまでも原作に忠実なのだ。ちょっとくらいショート化すればいいのに。でも原題が「Ten Little Indians」だから無理なのか。

その原題だが、画面にクレジットされているのは「Ten Little Indians」だが、原作名としては「And Then There were None」がクレジットされている。アメリカでは「Ten Little Indians」がポピュラーなんだろうが、契約上の問題でこうなったのかな?

と、かように忙しい雰囲気の「そして誰もいなくなった」なのだが、ああ生放送なんだなと思って見れば、無理もない。生放送かどうかの確証は画面上からは得られなかったが、孤島のロングショットはなく、屋敷の外見もなしで、冒頭の霧に包まれたボートの上のショット以外は、ほとんどすべてが屋敷内の数部屋で展開されるので、生放送でも不可能ではない印象だった(だから出演者は全部で11人だけ)

だとすると、IMDBで演出が4名クレジットされているのも無理はない。

ただこれはかなり怪しい。番組そのもののクレジットで表記されている監督はポール・ボガートだけ。この人はのちにテレビ番組を大量に演出したばかりか、レイモンド・チャンドラー原作の劇場用映画「かわいい女」も監督しているのだ(つまりブルース・リーを演出したことがある監督なのだ)

まあ、生放送ゆえ、ノンクレジットでも分担制で演出せざるをえなかったのだろう。

やたらと忙しい印象があったのは、部屋から部屋へと人物が移動するショットがあるたびに(なにせ次々と殺人が起こるので、どんどん現場へと移動しなければならない)、出演者がセットからセットへと駆けまわっているイメージがよぎるせいだろう。お疲れさまでした。

主演は、多くの映画に出ていてこの時点ではすでにベテランだったはずの女優ニナ・フォック。「巴里のアメリカ人」(1951年)「十戒」(1956年)「スパルタカス」 (1960年)といったメジャー作品に出ていて、2008年になくなるまで現役だった人で、元女性家庭教師を演じる(あの役です)

ほかに日本でも公開された出演作がありそうなのはバリー・ジョーンズ(「テレマークの要塞」〔1965年〕ほか)くらいで、あとはよく知らない俳優ばかりだが、おかげで犯人探しはむずかしいだろう。

ちなみに、若干ネタバレだが、ラストは原作小説とは変えてある。どう変えてあるかというと……それは言えません(笑)

60年近く前の作品を見られるのも、日本では未公開だった作品を見られるのも、ほんの10年くらい前には考えられなかったこと。まことに、いい時代になったものである。

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