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【今の私ができるまで④】次の日が来てほしくなかった中学生

ども、にこさんです。

アイキャッチは、いつぞやの夜空。朧月夜って感じですね。
でも、今回語る内容は、3年間過ごして、本当に最後だけうっすら月は見えたのかもしれないけど、とても暗ーいトンネルの中で過ごした記憶が強かったです。

正直言うと、あまりいい思い出はありません。なので、確かに超重要な時期を過ごしているのですが、どうにも筆が進みませんでした。これを書くことを恐れているのかもしれないと思ったのです。

最悪なことというのは、正直「死」を一度でも考えた瞬間があったからです。
※今はそんなことはありませんし、もう時効です。結果とてもいい状態になっているので、これを書くことで何かしたいと言うことは一切ありません。

当時世の中に「いじめ」という言葉が出始めた時だったと記憶しています。実際に当事者からすると、「自分はそんな認識はなかった」と表現されることもあるかと思います。確かに「戯れている」こととそれとは、紙一重と捉えることもできるかもしれません。でもその紙一重は、完全に「お互いの気持ち」によって簡単にどちらにでも触れることができます。現代の言葉で言うと「ハラスメント」がそれに当たると思います。悪気がないにしても、受け取った相手がそう思えばそうなってしまうもの。全くそれと一緒です。

大人になったからこそ、笑い多く過ごせている毎日ですが、当時一時自身にとっては、それは「苦痛」でしかない時期がありました。心中穏やかじゃなかったです。本当に肩身の狭さを感じ、何もできず、一体自分はどうしたらいいんだろうかと、辛さを感じる日々が続いている中で、紙とペンを用意して、何かを書き出してしまおうとする自分がいました。

小学校から続けていた野球部に入り、試合に出場し、勝利に貢献する。
いつしか生徒会長にも選挙で選ばれ、任期を全うする。
勉強も自分なりに努力し、わからなければ先生に聞く。
ここだけ切り取ったら、本当に平凡な日常です。でもその中にあったダークサイドに、大きく心を持っていかれた感じでした。

早く終わってほしい。いろんなものが。
ピーク時にはその気持ちしかありませんでした。

それを脱せたのは卒業と同時だったと思います。

当時仲の良かった男3人で、記録用のカメラも持たずに、400kmを越える自転車の旅に出ました。そこでは、日常では会うことのできない人・もの・コトに触れました。ユースホステルを予約し、時には雑魚寝、時には季節外れの台風。計画通りに行ったものもあれば、崩れたものもありました。でも、中学校生活を過ごしていた地元から離れ、新しい価値観にたくさん触れることで、都合450kmもの自転車の旅を、目的地への到着・達成を感じるとともに、「ああ、なんて自分は狭いフィールドだけで物事を判断し、しんどい気持ちになっていたんだろうか」と振り返ったわけです。

世界は広い。日本も広い。
自分が輝けるフィールドはきっとどこかにある。

そんな気づきを「逃げ」と捉えずに、次のステップに行こうと思えたことがあるから、今があるのだと思っています。

思い立ったが吉日。
何かを始めることに、遅いと言うことはない。

このような言葉があるように、人生って、思った以上にいつでもリスタートすることはできるのだと思いました。もしくは「休むことも大事」と言う気づきでしょうか。向き合うこと、振り返ることも大事だけど、新しいフィールドに可能性を見出すことは、何も悪くはないと言うこと。その事実があったから、40を目前に控えるまで進んで来れたのだと思います。

そして、その最悪の経験と言うものは、「あとは這い上がるだけ」と考えるのと、「弱い時の心を理解できる」と言う強みを備えてくれました。
別に自分だけで這い上がったと言う認識はありませんが、少なくとも「何かしたいんだけど進めない」「しんどい」「どうにかしたい」と言うところに対して、言葉や行動を添えることはできると言う自信が備わったのは確かです。なぜなら、這い上がった経験があるから。

今が健やかにあることに感謝していると、最悪な過去も良き思い出として捉えることができています。うん、健康です、自分。


では続き(高校生)はまた明日。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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