【小説】Lonely葉奈with学11

友人知人親族との接触については原則NG、都度相談し合って正当な理由があると認められる場合に限り、時間と場所を限定して許可される。 
 
 白川は一応仕事を振って来たのであって、友人知人親族というカテゴリーではないから必ずしもこの項には該当しない気もするが、一緒に飲むとかいう話になってくると必ずしも仕事上のやりとりとも言い切れぬのでありそうであれば、「相談」してから可不可を決めるのがルールの筈である。半分以上は仕事なのでもあるし、相談すればきっと学も否とは言わぬであろうが、だからと言って相談して決めると約束していたものを、流れ上仕方がないとは言え、勝手に了承してしまうことにちょっと後ろめたさがあったから、「分かりました」と言う時、葉奈は声を潜めたのだった。そもそも学がこの会話を聞いているかどうかも曖昧だったし、もし仮に聞いているとした場合に、ちょっと声を潜めたところで声が学に届かないと言えるかというとそれも曖昧で、今思うと何で声を潜めたのか分からない。話の経緯を説明しさえすればまさか相談しなかったことを学が責めて来よう筈もなかったのに何で声を潜めたりなどしてしまったのか。
 実は葉奈には、白川に好意を寄せられているのではないか、という疑念があった。それを性愛の対象としての好意、多少の下心あるものと見るか、単に人柄やら性格やらを「気に入っている」という意味のみの好意と見るかは措いて、掃いて捨てる程いるであろう出演の希望者を差し置いて主観的にも客観的にもとうてい真摯な態度で芝居に臨んでいるのではない葉奈に話を持って来たり、デザインの仕事を振ってくれたりするのは、単純に葉奈の仕事を、才能を、信頼してということではなさそうなのではあった。これは葉奈が自分のこれまでの仕事や(やる気のあるなしではなく)潜在能力を軽視してそう思っているのではなく、そっちの方の自信は満々なのではあるけれども、ただしそれを白川にこれまでどこかのタイミングで示せたことがあったろうかと考えるとちょっと思い浮かばないのだ。やはり白川が仕事を振ってくるのは個人的な好意、どういう意味の好意かは難しいけれども、少なくとも厚意と言えば嘘臭くなる筈の、かと言って100パーセント下心によるものでもなく、とは言え下心が0というわけでもなさそうな、その間のどこかに位置するようなとにかく好意によるのだろうと葉奈は思っていた。そういう思いがあったから、「自宅に」と白川が言い出した瞬間にはちょっと警戒もしたし困った気もしたが、すぐに白川が「学君も」と言い出すと、ある意味ではほっとしたのでもあって、行きます行きます、学も一緒に、と、ここでもまた学の意思も確認せずについ勝手なことを答えてしまっていた。今回の主題は飽くまで仕事の話であって、学がもし行けない、または行きたくない、と言うのであれば来なくても形としては問題はないのだが、しかし白川の自宅で、となった以上はどうしても学には一緒に来てもらう必要が生じていたのでもあって、これは対コロナのルール云々ではなく当たり前の筋道として葉奈が勝手に進めていい話でないから葉奈は更に声を潜める結果となった。潜めたところで学が聞いているのであれば聞こえていそうだし、聞いていないならばそもそも全部が聞こえていないので全く潜める意味はないのだが。考えてみれば、白川が「学君も」と言い出した瞬間にすぐ学に声をかけるとか、ちょっと下りていくとかして学に話をつければ良かったのだ。何なら電話を学に替わって、自然な感じで――というか本当に自然なんだから――直接白川と話をさせるというような展開もじゅうぶんあり得た。声を潜めるなんていう如何にも誤解を招きかねない行動を取るべきではなかった。
 それに白川とて「学君も一緒に」と言っているのだから、長期的な展望のあるかないかは分からぬが、少なくとも今日明日に葉奈をどうこうという心づもりもあろう筈がなく、――いや待てよ、白川が「学君も一緒に」と言ったのは後出しで、初めは葉奈のみを誘ったのではなかったか、それに対して葉奈が黙り込んだ後に学君もと付け足したのではなかったか、あれはやはりあわよくば葉奈だけを自宅に呼んでどうこうというつもりがあったのではないか、いや、しかし、まさか、・・・・・・というようなことを十分くらい、ロフトで考えていたが、考えていても今更どうなるものでもないので葉奈は梯子を下りて行った。
 
「ごめん、何か色々勝手に決めたかも」
 と、学に話を聞かれていたとしても聞かれていなかったとしても行ける言い方をすると、学は、読んでいた本を閉じて、
「うん、白川さんでしょ。聞こえてた。俺もメールしといた」
 と言う。
「そうなの、ちなみになんて?」
「『来週葉奈と伺いまーす! ごちそうさまでーす。大人数で飲むのは嫌なので他の人は呼ばないで下さいね~』ってだけ」
「そうなんだ。なんかさ、話の流れで、相談するタイミングなかったから勝手に話し進めちゃってさ、あたしはほんとはメールとか電話で済むと思って仕事受けたんだけど、そしたら――」
「いいよいいよ、分かってる。どうせ行くんだから楽しく行こう」
 というようなことで屈託がなく、葉奈はなんだか一人で右往左往したようで馬鹿らしく、そもそも白川の下心云々というのも自分が勝手に失礼な誤解をしているのかも知れず、白川が自分をどうこうするつもりであるというのは、驕るとも言われぬ内から礼を言ってそれが許される程度には親密な、白川と学との関係性という角度から考えてみてもあり得ないことのように思えて来、ちょっと自粛しすぎて頭おかしくなったかも、ハハ、と内心笑って済ましていた。
 
 ――というのがつい数日前のことで、それがところが今になって急に、「心中」がどうのと不穏なメールを学は返して来たわけである。もちろん心の病んだふりで茶番を仕掛けたのは葉奈の方で、返信返信と狂気じみてねだった末の返信なので、俺の方がおかしいんだぞというノリで返してきただけなのではあろう、とは思う。もしも、万一、この文面を、学が白川のことを念頭に置いて当て擦る意味で打ったのだとすれば、それはちょっと、なんというか、本気でヤバい人なのであって、まさか、まさかそんな筈はない、今まで学という人を見てきて、こんなことを本気で思ったり書いたりする人でだけは絶対ない、ということは分かる。そう、おふざけ、これは戯れ、白川さんのことは関係なしにやってるんだ、と葉奈は結論づけた。その上で念のため、さっきの学からのメールをざっと読み返すと、
 ――にしても――、心中? なんて話がどこから出て来たんだぁぁぁあああ! 
「キモ過ぎるんですけどおおおぉぉぉ!???」
 と、忌憚がないときの自分であればそう言うであろうと思われる台詞を殊更元気に発しながら、足は慎重に、梯子を下りて行ったのである。

【小説】Lonely葉奈with学12へ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?