【連載小説】2-Gのフラミンゴ①

 私が育ったのは北関東のとある県の隅っこの方、吹き溜まりの窪地、・・・・・・光の弱い土地だった。
 土地の空は、原則として、曇っていた。仮に晴れたとしても、太陽は小さかった。
 関東ローム層の圏外、土壌も荒んで木々、草花に生気は欠け、人心もまた、荒廃し切っていた。土と空と人心と、水と、全てが色褪せた窪地で、てっきり世界はおおむね灰色の構造体なのだと思い込んで十四歳までを育った私は、一九九X年四月、正確には一九九九年四月、即ち中学二年に進級した時機に、初めて色彩というものを知った。淡い紅。あるいは熱帯の、渡り鳥。
 いや、話を急ぎすぎた。
 順を追って話そう。
 
 ひゃっはー。事実として、世紀末ではあった。
 
 「五中は荒れている」
 
 水浦市立第五中学校・・・・・・
 今こうしてその名称を打ち込むだけでも少し手が震えるようだ。
 そもそも荒れ果て朽ち果てた土地の人々が口をそろえて「あそこは荒れている」と言うだけのことはあった。
 当時五中は、各学年に400人前後の生徒が通う、いわゆるマンモス校で、三学年を足し合わせれば優に1200人を超える生徒が蝟集していた。
 
 小学校の卒業式の日に、担任の女教師は次のようにあいさつをしたものだ。
「これからこのクラスのみなさんの多くは、五中に進学することになります。どうか、無事でね」
 それから腐ったみかん、という言い回しについて言及し、五中については、基本が腐っているのであり、このクラスの皆さんのようにきれいなみかんの方が異質であるかも知れない、小学校までの常識は一切通用しない覚悟で臨むべし、という意味合いのことを毅然とした口調で述べたあと、
「……無事でね、……」
ハンカチを目頭にあてた。
 
 そんなことで、1998年四月、入学式当日、1ーB、つまり一年B組に配された私は、「なめられたらおわり。なめられたら一生小突き回される人生だ」と思い詰めていた。胃のあたりが気持ち悪かった。
 土地柄、満開の桜は、満開でありながら灰色に褪せており、花びらを吹き散らす春風は、春風でありながら淀んでいた。当然のように曇天だった。
 
 腐敗した桜の木の下で、新クラス全員で、集合写真を取ったのだ。
 
 「一足す一は~?」
 と、津田写真館のおじさんが野太い声を上げた刹那、泥のような風に舞う灰色の桜のひとひらが、私の顔の真ん中の敏感な嗅覚器官、即ち鼻先をくすぐった。死臭があった。くわえて、私の前の、未だ名も知らぬ少女の豊かな髪の毛が猛烈にたなびいて、私の頬をしたたかに撫でた。香り。桜の死臭。まだ新しい身体の、よちよちのエストロゲン。土地の泥風。それらが私の血中で化合して、未体験の膨張が体内に起こった。
「にー!」
 と、皆が声をそろえた時、私だけが、
「かぽぉ、」
 不意の嘔吐だった。
 牛乳と食パンを主成分とする白色のゲロが、名も知らぬ少女の背中、まだ新しい筈の制服(紺)にぶち撒かれ、花が、咲いた。それは名も知らぬ花だった。名も知らぬ少女の背に名も知らぬ花が咲くのを、私の目は、……見た。耳には、クラスメイトになる筈だった者達の阿鼻・・・・・・、叫喚、・・・・・・
 このようにして私の中学一年は始まり、かつ、終わった。
 
 以上で物語の前提、中学一年時代についての記述は完了した。
 
「2ーGのフラミンゴ」本題に入ろう。

つづく
(全五話〜七話程度になるかと思います。次回更新予定は来週1/31水曜日です。←予定です。。間に合うように、頑張ります。)

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