【短編小説】れもニキ3/5

 その二日後の夜に、母親からの着信。出ると、
――ちょっと前にメールしたんだけど
「ああ、後で返そうと思って忘れてた」
――ちゃんと勉強してるの?
「うん。してるよ」
――どれくらいしてるの
「どれくらいってまあ。10時間とか」
――そんなにしてんの
「ああ」
――今年はうかりそうなの
「んんん。まあやってみないと。筆記のテーマとかにもよるし」
――山が当たらなかったらまただめなん?
「いや、山っていうか。どうしても得意不得意はあるから」
――今年もだめだったらどうするつもりしてるの
「働くよ」
――何して働くつもりしてるの
「何してって。(今言われても)どうせ糞みたいな仕事だよ」
――糞みたいな仕事って。どんな仕事が糞みたいなのよ。糞みたいな仕事なんてないでしょ
「給料の低い仕事はみんな糞なんだよ」
――まあ・・・・・・うかるかも知れんしね。うん、大丈夫だよ。
「今年だめだったら諦める」
――去年もそう言ってたじゃない
「・・・・・・。だからそれくらいの覚悟でやるって意味だよ」
――まあ今言っても仕方ないね。うかるしかないんだから、頑張ってね
「はい」
――あと、お父さん、またちょっと、手術することになったから。でも面会とかできないらしいし、あんたも忙しいだろうから、帰ってこなくていいから。お父さんもそうせえって言ってるから。
「どこの手術」
――今度は肺やと。まあ、手術自体はなんていうてたかな、98%成功するような手術なんだって。ああそんなに高いなら安心ですねってお母さん言ったら先生が、いや、2%で失敗というのは、僕らからしたら結構難しい手術ですよって言われて。そんなもんなんかなと思ったけど。
「まあ毎日一回その手術したら二ヶ月に一回以上のペースで失敗するってことでしょ」
――そうゆうたらそうやけど。こっちからしたら98%なら絶対成功してもらわんと。
「まあね」
――ほんなら、もし何かあったら連絡するから、あんたは勉強に集中してね
「うん」
――それじゃあね。頑張ってね
「はい。じゃあ」

 抄造の母は生まれも育ちも関西だが、結婚するとともに関東に移り住んだので、関西弁のような、関東弁のような喋り方をする。そのどっちつかずの言葉が抄造の内心の母語になっている。〇〇じゃん、と、関西の抑揚で言うのである。だから抄造は他人と母語で話をすることはない。思ったことを毎度関東のイントネーションに変換してから喋るのである。
 
 お父さんが来世に行きかけている。お父さんは今世で一通りのことをし終えているのだし、今は自分のことじゃん、明日からまた勉強に集中しなきゃじゃん。 

      ※
 
 梅雨の時期のある日。
 その日は久しぶりに天気が良く、暖かかったので、公園のベンチに座って、抄造は自作の、覚えたい事ノートを見直していた。
 すると、こつん、と何かが頭に当たる感触があった。木の枝が、たまたま頭の上に落ちてきたのかな? 面白いこともあるものだ。結構痛かったな。しかしもう試験日まで一ヶ月を切っている。今はそれどころではない。と思い、抄造は復習に集中した。
 こつん。
 こつん、
 ことん、
 だん、
 どん、
 ばちん、ばちん、ばちん。
 こんなにいくつも枝が、こんなにもピンポイントに俺の頭にばかり落ちてくるものだろうか?
 おかしい、と思い、抄造が振り返ると、そこには剣道の素振りをしている人がいた。
 抄造がどのように怒りを表すべきかと躊躇していると、ますますズに乗って、「めん、めん、めーん」と声を張り上げて、素振りをやめぬ。競技者自らめんもこても言うものだろうか? そんなことを考えている間にも、めん、めん、めん。こて。どう。抄造の身体の色々な所を竹刀で打ってくる。
 抄造には個人として対抗する体力がない。どこの組織にも属していないから、助けてくれる味方もいない。悔しいけれど、こんな時、泣き寝入りするしかない。「やめろや」、とだけ言って、ベンチを立った。もの凄く気分が悪かった。
 けれども試験日まであと1ヶ月もない。切り替えて、勉強だ。司法書士になりさえすれば、こんなことをされることもきっとなくなるんだ。頑張れ。頑張れ。頑張れ。

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