【短編小説】虹色の体液の女児と、鉄球を引く兄


 
 ――冬。
 ねえねぇ亜美ちゃんくしゃみして、とまいちゃんが言った。わたしはくしゃみをしたくなかったから、今はしたくない、と言った。そうしたらゆうちゃんが、何で? と聞いてきた。
 雪が降っていた。雪は東京では珍しくまあまあ積もったので、わたし達は、ほうおうの来る池の隣にある赤沼城跡地で雪で遊んでいた。
 昔はお城だったという小高い台地の広場。ここはほとんどわたし達の貸し切りの遊び場。わたし達、という中にわたしが入っているのかは微妙だけど、今日は何となく、ひろこちゃんが誘ってくれたので、わたしも来た。
 そのひろこちゃんも「何で?」 と言った。何の話だっけ。ああ、くしゃみをする話か。したくないからしたくないとわたしはさっきまいちゃんに答えたのに。わたしがまいちゃんに答えたのをひろこちゃんも横で聞いていた筈なので、同じことを二回も言う必要はないからわたしは黙っていた。
 でも本当のことを言うとくしゃみがちょっと出そうだった。寒いのだ。みんなジャンパーとかコートを着ているけどわたしは下着にTシャツを四枚くらい重ね着している。四枚の内一枚は半袖だ。だから腕の部分は三枚しか重ねられていない。どっちにしても寒いからいいんだけど。
 くしゃみをしたいけどわたしは我慢する。つつつと鼻水が垂れて来そうになったのをずずずとすすり上げて黙っている。
 何でまいちゃんやひろこちゃんやゆうちゃんがわたしにくしゃみをさせたがっているのかと言うとわたしの体液は全部虹色なので、くしゃみをすると虹の飛沫になって面白いからだ。でもなんか、わたしは面白くないのだ。
 まいちゃんとゆうちゃんとひろこちゃんがしつこくわたしにくしゃみをしない理由を聞いてくるのにうんざりしながらわたしはひたすら鼻水をすすりあげる。鼻水だって当然虹色なので垂らすと面白がられる。わたしは面白くない。だからひたすらすすりあげて飲み込んでいると頭の後ろにわしゃっと何かぶつかった。振り返るとまさきくんが雪玉を持って振りかぶっていて、振りかぶっているなと思うよりも早く投げる動作に入っており、全力投球に近いのだ。まさき君はよくお父さんとキャッチボールとか素振りとかして、教えてもらっていて、つまり結構ピッチングが様になっていて、球速が他の子に比べたら早く、コントロールもうまいので、わたしの顔に二発目が、クリティカルヒットする。
「くしゃみして」
 とゆうちゃんが言う。わたしはずずずと鼻水を吸い込む。雪が一緒に吸い込まれてきてむせる。こほ、こほ、と咳と一緒にちょっと虹が出る。
「出た出た」
「でもすくないね」
 わたしの虹の唾液が薄くだけど雪の上に降りかかっている、その雪をひろこちゃんがすくい上げて「虹色の雪だるまつくろっか!」
 わしゃっとなんかまた左の方から雪玉が飛んできて今度は腕に当たった。「唾吐いて」とゆうちゃんが言う。「もっと」とまいちゃんが雪をすくってわたしの口もとに持ってくる。首を振っていると右のほっぺたにわしゃ。このコントロールはまさき君だろう。「虹色の雪だるまつくろう」とゆうちゃんが言う。
「いいけど、じゃあまず雪だるま作ってからそこにわたしが唾つけるから、まず雪だるまつくろう」屈辱だけどわたしは言った。何でこんなことを言っているのだろう? わしゃ。今度は腰。何枚重ね着したってシャツはシャツだからさっきからどんどん染みこんできている。
 涙は流さない。虹色が面白いから。面白くないから。わしゃわしゃと男の子達がわたしに雪玉を投げつける。ひろこちゃんが「だからくしゃみしてって言ったのに」と訳の分からないことを言う。何でわたしはここに来たのだろう。わたしは鼻水をすすり上げるがもう追いつかない。そのうち涙も出るだろう。手のしもやけが破れて既にそこから虹色の血も出てる。何でわたしはここに立っているのだろう。血も潮も、汗も涙も痰まで虹色なんかで、今日まで生きたことを褒めてあげようか。
 その時ぞぞーん、ぞじょり。とまるで雪の上を鉄球を引きずるような音がして、あ、お兄ちゃんが来てくれたのかなと思ったら、それは事実お兄ちゃんで、お兄ちゃんは事実鉄球を引きずっていた。今日は、四つ。 
 他の子達もお兄ちゃんが来てるのに気付いて、わたしに雪玉を投げるのをやめた。「唾吐いて」って言うのもやめた。
 お兄ちゃんは鉄球を引きずって這うようにやってくる。別に何も言葉は発しない。けどみんな、お兄ちゃんのことは怖がっている。お兄ちゃんが本気を出したら鉄球をぶんぶん回して危ないってことは分かっているからだ。お兄ちゃんが無言で這い進んで来るのをしばらくみんな眺めていたけど、「行こっか」とひろこちゃんが言うと、女の子達は持っていた雪を落とし、男の子達は雪玉を落とし、どこかに行った。
 お兄ちゃーん、ありがとう、と飛びついていって胸に顔をうずめて泣くなんていう気持ちではない。微妙な気持ち。
 本当はいじめられているところをお兄ちゃんに見られたくなかった。それは変なプライドとかの問題ではなくて、お兄ちゃんは嫌なことがあると腰から鉄球が出て来てしまうのだ。わたしがいじめられていたりするのはお兄ちゃんに取って嫌なこと、悲しいことだから、わたしは平然を装って、お兄ちゃんの方へ歩み寄る。お兄ちゃんは真顔だ、精神的に悪くなると鉄球が出て来てしまうから、お兄ちゃんはなるべく心をなくしている。なるべく感じないようにしている。
「帰るぞ」
 とお兄ちゃんが感情を感じないように必死の真顔で言う。
 だからわたしも必死に、絶対に、口角を上げ、死ぬ気で涙はこらえて、明るく言うんだ、
「       」
 と思ったのに、なんかだめで、なんか今日に限ってどうしてもだめで、寒すぎて胴震いが来てるし、帰るぞ、とお兄ちゃんが言ったその帰る先でまたお兄ちゃんは殴られるんだ、お母さんから殴られて、痛みを痛くないことにはできないから、鉄球がごとんと出て来て、それでもわたしが殴られるよりはいいから全部お兄ちゃんが殴られて、それをわたしはお兄ちゃんの斜め後ろから何もせずに見つめている、それでいいんだとお兄ちゃんは思っているのだとわたしは分かる、いいのだろうか本当にとわたしは思いながら涙をこらえ、だってわたしが泣くとそのこと自体鉄球の理由になるしお母さんが殴る理由にもなるからわたしは真剣に真剣に別のことを思い浮かべる、思い浮かべるのだけどその全てがもう嫌なことでしかなく、何の救いもわたし達にはなく、そんな家に「帰るぞ」と言われても、殴られるだけなのに、わたしが寒そうだから、自分が殴られる場所に早く帰るぞと感情を殺して言っているお兄ちゃんに、わたしは絶対に涙を見せてはいけないのに、
 泣いてしまう。
 それはもうさっきいじめられていたからとかそういうことではなくもっと深いところから来る絶望の涙で、断じて言えるのは、これが、お兄ちゃんの優しさに対して感動して泣いているのではなく、絶望なのだということで、
「いいよ。もう」
 とわたしは言う。「もう帰らなくていいよ」
「いや、無理。寒いから。震えてるじゃん」
「もういいって」
「良くないよ。帰れば、少なくとも暖かいよ」
「・・・・・・」
「帰るぞ」
 というお兄ちゃんの顔が歪んで、ぼすん、あ、鉄球が出て来た。わたしは、悪いことをしたと思って、
「ごめん、おにいちゃんごめん、ごめん、ごめん」
 ごめん、とわたしが言う毎に、どすん、ぼすん、どすん、とお兄ちゃんの後ろに鉄球が落ちる。わたしは口を押さえて、ごめんを止めるが、どすん、ごすん、はもう壊れたみたいに止まらなくて、お兄ちゃんの目から透明の涙が溢れて止まらず、やがて鉄球が山のようになった。あ、やってしまった、とわたしは思う。雪が積もっているのに、雪が降っているのに、こんな所でお兄ちゃんが動けなくなったら、寒くて死んでしまう。
「どうしよう、どうしよう」
 とわたしが言うと、お兄ちゃんも、
「どうしよう」
 と言う。
「どうしよう、どうしよう」
 とわたしは馬鹿になったようだ。
「どうしよう。・・・・・・もう、いいか」
 まさかお兄ちゃんの口からその言葉が出るとは。いつも「もういい、もういいよ」、と言うのはわたしの方で、わたしにお兄ちゃんは良くない、帰るぞ、って言ってわたしがやだ、って言って、帰るぞって言って、またやだって言ってを何度か儀式的に繰り返して結局わたし達は帰っていたのに、とうとうお兄ちゃんの方からもういいかって言われて、ああ、よくない、よくない、もうよくない、
「あ、あの人探してくる」
 とわたしがあてもないのに走り出そうとしたら、お兄ちゃんがわたしの右手首を掴んで、何で止めるのと思ってお兄ちゃんを見ると、
「もう、いい」
 と本当の真顔、感情を殺すために無理してとかじゃなく、本当のぞっとするような真顔でお兄ちゃんが言うので、
「よくない!」
 と叫ぶ。
 ところであの人っていうのは荷車を引いた女の人のことで、いつもお兄ちゃんの鉄球を割ってくれる人のことだ。釘バットとか、キリとかそういうもので、風船みたいに鉄球を割ってくれる人がこの街を荷車を引いて巡回しているのだ。絶対にあの人を探してこなければ、今日だけは、今日だけは、絶対に! 
 と思っていたら、来た! 台地の北側の階段を登って女の人が!
 と思ったらそれは白装束を着た女の人で、荷車の人ではなかった。はあはあ、はあはあ、と犬みたいに四つん這いになってすんすん、地面の匂いを嗅いでいる!? え、何この人は、とわたしが思っていると、白装束の女の人の顔がこっちを向いて、
いた!
 と叫んだ。え? 
 そしてもの凄い勢いでこっちに走ってきて、最初、お兄ちゃんの出した鉄球の山に鼻を近づけた。すんすん、匂いを嗅いでいる? と思ったらわらじを脱ぎ捨てて、鉄球の山によじ登り始め、え、何してるの、とわたしもお兄ちゃんも呆然としているうちに山のてっぺんの鉄球にまで登っていった。一度その上に立とうとしたけどバランスを崩して転げ落ちそうになったので四肢でしがみついて、しがみついたまま、
ようこちゃーーーーーん!!!! いたよーーーーーーーー!!!!」
 
と叫ぶ。「鉄球の子!!!!! いたよーーーーーーーーー!!!!!!
 雪の中でも遠くまで響く高く透き通ったような声だった。ようこちゃんて、誰なんだろう。という疑問はこの際かなり最後の方の疑問で、まずこの人は誰なんだろうとか、何でこんな季節に白装束なんだろう、とか、何で鉄球の山によじ登る必要があったんだろうとか、考えていると、
「いま、いく!」
 と、階段の下の方向から、あ!!! かすれた声! あの人の声! 何で何で何で! 何で探してくれてたの??? 分からないけどとにかくわたしは嬉しくて、
「お兄ちゃん、あの人が来てくれたよ!」
 と言おうとしたら、言っている途中で白装束の人がまた、
ようこちゃーーーーーーーーーーーーん!!!!! いたよーーーーーーーーー!!!!
 と高らかに伸びていくような大きな声で叫んでわたしの声がかき消される。それからとうとう、あの人が階段を登りきって姿を見せた。階段を荷車を引いては来れなかったのか、今日は右手に釘バットだけを持って来ている。
 わたしは改めて、
「お兄ちゃん、あの人が来てくれたよ!」
 とお兄ちゃんに言った。でもお兄ちゃんは何故か浮かない顔のままだ。
 白装束の女の人が山のてっぺんで、
ようこちゃーーーーーーーーーん!!! いた!!!
 と叫び、
「もう見えてるさ」
 と低くかすれた声で言った。それが白装束の人には聞き取れなかったらしく、
いたよおおおおおおおお!!!
 とまた叫ぶ。
 釘バットの人は、もうそれを無視してわたし達の所まで歩いてきて、
「最近見かけなかったからさ。こんなことになってるんじゃないかと思ってたんだ」
 バットを構え、
 ぶん、と振った。
 ああ、助かった、奇跡的に助かった! 
 ガキーン!
 え?
 いつもなら、風船みたいに簡単に割れるはずの鉄球なのに、ガキーンって、釘バットをはじき返した。割れない。釘バットの人も驚いた様子をしている。もう一度構えて、ぶん、
 ガキーン、
 やっぱり割れない。
 鉄球の山のてっぺんで白装束の人が、
ようこちゃーーーーーん! 割っていいよおおお!!! 
 と叫んでいる。  
 わたしは心配になったのと、一応あいさつの意味も込めて、釘バットの人の方へ歩いて行って、
「寒い中、来てくれてありがとう」
 とひとまずは言った。それには答えず、またバットを振る、ガキーン、ガキーン、全然割れず、
「どうなってる・・・・・・」
 と呟きながら、わたしの横を素通りして、お兄ちゃんのところへ行って、
「おい、本物じゃないか」
 と言った。
「かも知れません」
 とお兄ちゃんが言った。
「どうしたんですか? 何で割れないんですか?」
 とわたしは馬鹿みたいな質問しかできない。その質問には誰も答えてくれず、お兄ちゃんが、
「もういいです」、と言った。「鉄球を割って貰ったところで、どうせまた湧いてくるんです。もう、いいです。ほっといて下さい」
 嘘でしょお!? とわたしがびっくりして言葉を失っていると、釘バットの人が、
「妹は、どうするんだい。あんたが守ってやるんだって言ってたじゃないか」
「妹なんて、いないんです」
 はいいいいぃぃぃ?????
「いますよ! わたし! いるよ! いるよ!」
 とうとうお兄ちゃんまでわたしを無視して、
「嘘でした。妹の話は、全部嘘で、本当は、僕に妹なんていないんです」
 へら、とお兄ちゃんが笑う。何を、何を、何を言っているのだろう? 
「あの、わたしです、虹色の妹です」
 とわたしは釘バットの人に言うのだが、釘バットの人は答えてくれない。これは特別なことではなくて、釘バットの人は、いつもお兄ちゃんとは話すけど、わたしとは話してくれなかった。女嫌いなのかも知れない。でも今回ばかりは話を聞いて! 「わたしです! 妹! わたしです!」
「何でそんな嘘をついた」
 と、釘バットがお兄ちゃんに言う。
「そういう理由でもないと、辛すぎたから」
「・・・・・・、だから、もういいのか」
「はい」
 ええええええぇぇえ???
 いるんですけど!? わたし。
 お母さんに殴られながら、お兄ちゃんはいつもわたしを守ってくれていた。鉄球を出しながらも、わたしが心配にならないようにちらちらわたしを見て、笑いかけてくれていた。わたしがいじめられていた時も、お兄ちゃんがわたしを助けてくれた。お兄ちゃん自身もいじめられていたのに、そんなことはまるでなかったみたいにお兄ちゃんは・・・・・・わたしを、わたしだけを助けてくれて、そのせいで、余計いじめられたりして、・・・・・・、
「もう、ほっといて欲しいです、」
「死ぬつもりか」
 と、致命的なことを釘バットが言う。わたしはたまらず、
「死ぬつもりなわけないじゃないですか!」
 と釘バットの服の裾あたりにタックルみたいなことをしようとしたがすり抜けて、とっとっと、と明後日の方向へよた付いていく。やばい。本当にいないのかも知れなくなって来た。どうしよう、どうしよう。お兄ちゃんの生きる理由はわたしだけだったのに、わたしがいなかったなんて悲しすぎる。
「虹色の女の子なんて、いるわけないじゃないですか。何であんな話を信じたんですか」
 と言ってお兄ちゃんが笑う。泣く。笑う。「いるわけない」とかお兄ちゃんに言われてわたしはもはや泣く気にもなれない。悲しすぎる。
「それを言ったら」
 と、釘バットの人が釘バットをまた鉄球に叩き付けて、でもまたガキーンで、ガキーン、ガキーン、「鉄球なんか人間の身体から出るわけないだろうが! これも嘘だろうが! パントマイムだろうが!」と叫んだ。ガキーン。
「もうやめて下さい。妹はいないし、鉄球は本物で、妹がいないと僕が認めた以上、もうあなたにもこれを割ることはできません。鉄球には割られる価値がないし、この世界には、生きられる価値がありません」
 なんか形而上的なことを言い出してる! 
 釘バットも、何だかどうしていいか分からなさそうな顔になっている。この人なら何とかしてくれる筈だったのに! 何でも解決してくれる筈だったのに!! 
 いよいよお兄ちゃんが本気で死ぬ気なのだと思えてきて、どうしよう、どうしよう、存在しない妹として、何ができる、ああ、何もできない、わたしは存在することでしかお兄ちゃんの希望になれなかったのに、お兄ちゃんがわたしを諦めたら、ああ、ああ、ああ、その時、
いたよ!
 と、上から。
 ひび割れたような叫び声。ひび割れて、どこまでも夜の中を駆け下りるような、駆け上るような、「いた! ようこちゃん! 妹は、ちゃんといたよ!
 白装束は、まるで犬のような身軽さで鉄球の山から飛び降りると、だだだんっ、と裸足の足で雪を蹴って、散らして、もの凄い速度でお兄ちゃんの方へ突進して来る。
 釘バットも、お兄ちゃんも、そしてわたしも唖然とする中、「いたよ! ちゃんといたよ!」とお兄ちゃんの首の辺りに思いっきり飛びかかっていった。ごろごろごろーんと二人は転がって行き、五メートル程で止まると、絞め殺そうとするみたいに抱きしめて、雪の降る空を仰いで、「いた! いた! わたしが妹だよ! いつも助けてくれてありがとう! お兄ちゃんありがとう! わたしが妹だよ! お兄ちゃんがいてくれたからわたしはここにいるんだ! いた! いたんだ! わたしが妹だよ!
 ん? 
 ・・・・・・
 んんん???
 そんなわけないよね。どう考えても、この人は大人だし。妹は、わたしだし。さすがに無茶が過ぎるよね。
 白装束に抱きすくめられて、お兄ちゃんも訳が分からず困っているだろうな。いったいお兄ちゃんはどんな反応をしているのだろうと思って綿生地の袖の翻る時に隙間に見えた顔が、号泣!?している。
ようこちゃん割って!
 と白装束が叫ぶ。釘バットは戸惑って、突っ立っている。すると白装束がもうぶち切れたみたいに絶叫する、「早く割ってあげてってば!!!!
 だから割れないって言ってるのに、一部始終を見ていた筈なのに、この人頭おかしいのかな、とわたしは今更思うのだが、割れた。今度は割れた。バチン、バチン。不思議なことに。バチン。ぼん、ぼわぁと風が来た。 
 それから三人は階段を降りてった。わたしはそれを見送っていた。雪が降っていた。お兄ちゃんはこの先どうなるんだろう。お母さんのところへ戻るのかな。いや、あの人達とジプシーになるのかな。それともあの人達の子どもになるのかな。分かんないや。わたしは存在しなかったようだけど、なんか、お兄ちゃんが死なないでくれたし、想像上の妹だけを頼りに生きていくなんてその内破綻するに決まってたし、なんか、よかったのかな。
 ああよかったよかったと思いながらわたしはひとり雪団子を作って転がして大きな雪玉を二つ作ってまるまる太った雪だるまにした。
「こんばんは。その節はどうも」
 と雪だるまがしゃべった。しゃべる雪だるまなんて存在するわけないよね。だからわたしもやけくそでこんばんはって言ったら雪だるまが笑ったから、わたしも笑ってお地蔵さんてかっこいいよねって話で盛り上がった。
 了
 
 

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