【小説】Lonely葉奈with学9

 しかし結局葉奈はロフトの下に向けて何千通ものメールを送りつけながら更に半年近くロフトに垂れこもって暮らすことになり、学は頭上から届く何千通ものメールを受信しながらロフトの下に息を潜めて暮らすことになった。その間に世間は、もちろん個人差はあるものの全体の有様として漸次コロナに慣れていき、恐怖心も日に々に鈍磨して緊急事態が日常になって来て、今が緊急事態なのかアラートなのかマンボーなのかそれとも平時なのか分からなくなって来てそもそもそれぞれの違いが分からなくなって来てというかもとから理解していずいずれにしてもそんなものはもう関係なく少しずつ外に出始め、友人らとの交流を回復させて行き、里に帰り、旅に出て、戻って来ると、日帰り温泉にも行くようになった。色々な株だとか変異種が出て来たヤバイかもと言われても「もうどうせ大丈夫なんだろう」あるいは「もうどうせダメなんだろう」といずれの方向性であるにせよ人びとはとにかくもううんざりし切っていて、良くも悪くも慣れてきてちらほらマスクを外す者も出て来て、時折思い出したようにオリンピック中止しろ! 変異株の万博になる! などと言ったりはしながらも叫ぶという程の熱量はもう残っておらず、本当にいつの間にかwithコロナが当たり前になりwithoutコロナまたはゼロコロナなどと叫ぶ者は総じて狂人とみなす風潮が支配的になって行った。
 葉奈は一日の95パーセントをロフトのふとんの上で過ごし、太り、弱り、学にメールをし、それでもせめて何かしなければととても集中できそうもない姿勢で試験勉強をしようとして(ちなみに2020年9月末に延期された試験は合否の通知を見るまでもないくらいあからさまに落ちたので、来年2021年度の試験に向けてぽつぽつ勉強を始めていた。しかし)全く 集中できず、イラストや絵画のイデアをノートに書きだしてみたり、作曲をしたり、洋服やぬいぐるみのデザインをしたりしてことごとく集中できず、低い天井を見た。天井は傾いていた。以前よりも傾きが増しているように見えた。寝返って左を見た。壁であった。飽きると逆に寝返って右を見た。壁であった。全てが黄ばんでいた。こんなことなら寝返らなければ良かったと呟いた。そうしたらもう一部にはヘドロの浮き始めた焦点の決まらぬ目をして学にメールをするよりないのだ以下は比較的意味の通るもののみ抜粋
 
2021年3月15日
件名・なし
『鬱かも。なんにも集中できない。コロナ鬱。さすがに長い、長過ぎ。天井、ひくい。税金、払いたくない。』
 
2021年3月19日
件名・なし
『才能が、しぬ。』
 
2021年4月1日
件名・なし
『なんでこんなことになっちゃったのかな。今思ったんだけど、天井が低い。』
 
2021年4月9日
件名・なし
『突き破りたい。天井を突き破って、空とあたしのロフトを直結させたい。
 窓あるけど、小窓・・・・・・(泣)』
 
2021年4月9日
件名・なし
『ぶち殺すぞバカ犬』
 
2021年4月9日
件名・なし
『飼い主か。犬に罪もなかろう』
 
2021年4月16日
件名・なし
『ぬいぐるみの注文一件あり。誕生日プレゼント用に、白地に青模様のベアをと。でも犬殺すとか飼い主殺すとか言って今のあたしに作れそうなのは呪いのぬいぐるみだけだから断りました。かなしい』
 
2021年4月25日
件名・なし
『そろそろ自粛決めて一年になるね。足を見ると少し萎え細っているようで、でも体重計に乗ると増えています。さてどこが増えたでしょーか。 チッチッチッチ、』
 
2021年4月25日
『正解は、《腹》でしたぁぁぁ!!!』
 
2021年4月25日
『もしかしたら顔もかなぁ……顔周りもなのかなぁ……学はどぅ思ぅ?』
 
2021年4月25日
『あ、近くばかり見すぎて寄り目になったかも。どう思いますか?』
 
2021年4月25日
『学、ごめん。今気付いたんだけど、最近さ、変なメールばっかりっていうか、嫌な気持ちにさせるメールばっかり送ってるよね、あたし。
 うんざりうんざりって言ってるあたしに学はうんざりだよね。ごめんね。ごめんなさい。いいわけになっちゃうけど、口で会話するときはあたしせいいっぱい楽しいこと言おうって頑張ってたんだよ。知ってた? 弱音をメールで吐いて、何とかバランス保とうってしてたんだ。ご飯食べるときとか、ただなんとなく下で一緒にいる時とか、あたし、ちゃんと笑えてたかな……。笑えてたよね。……一つ教えて欲しいのは、今更なんだけど、学君、何で返信しないの? ちゃんと届いてはいるんだよね? 送信したらすぐに下からバイブ鳴るのは聞こえてる。何で返信しないの?』

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