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青の剣の継承者#7-1

1

前回




 ……
 ほんの僅かな一瞬、ニズは期待を覚えた。
 青い閃光が〈鬼火狼〉目掛けて走り、沸騰する血液が煙を上げながら宙に撒き散らされた時。
 少なくとも彼ら三人が討伐を任された獣は、この稀有な力を手にした少年が討ってくれるのではないかと。
 務めに対する誇りや責任感などニズには元よりない。何よりも自分自身が生き残るために、選ばざるを得なかった〈猟犬〉の道だ。

 骨ごと斬られ千切れかけた脚の一本を引き摺り、残り四本の脚で〈鬼火狼〉は向き直る。
 憤怒を燻らせる五つの眼が睨む先で、少年は構えた剣の切っ先をふらつかせ、よろめいた。
 赤い足跡が土に滲む。張り詰めていた殺気が唐突に失われ、意志のない人形のように力なく数歩後退る。

(まずい)
 それが〈呪い〉の兆候であることを悟り、ニズの背筋は凍りつく。
 敵が二体に増えるとならば、生き残る希望など万に一つも残りはしない。
 加速する脳裏に過る二つの選択肢。
(今すぐに〈鬼火狼〉を仕留めるか。今すぐにガキのほうの首を刎ねるか――)

 ニズは走った。行く手の獣は苛立ったように土を掻き、身を低く沈めた。
 その前で眠ったように俯き、動きを止めた少年は、もはや容易く引き裂かれるのを待つだけの獲物に等しい。

「それが簡単にできるなら苦労はしてないんですよね……!」
 忌々しげに吐き捨てる。
 〈鬼火狼〉が〈呪い〉より早くリューリを殺す。それがもっとも簡単かつ、最悪ではない結果。
 そうと知りながら、ニズはマナストーンの交換を終えた〈遺物〉の引き金に指を掛ける。
 それは殺傷のための武器ではなく、身を守る盾でしかない。

 獣の黒い背がざわつき、不明瞭な巨体の輪郭が爆ぜた。
 ひとたび動き出せば、その速度はまるで煙を含んだ突風の如く。
(間に合わない!)
 ニズは歯噛みし、手を伸ばす。
 だが、〈鬼火狼〉が狙ったのはリューリではない。
 後方から急速に接近する、この場におけるもう一人の「剣」だ。

「うおおおおおっ!」
 メイルは低く長剣を構え、駆けた。
 自身の身体能力を一時的に高める彼女の魔法は、今は全て脚力の強化に注いでいる。
 リューリが作った隙をついて、傷付いた前肢の方へ回り込み一息に距離を詰める。

 爪が使えぬ敵は彼女に首を向け、熱の煙を吐こうと僅かに頭を下げるだろう。その瞬間が好機。全力の魔法で跳躍し、瞬時に煙の届かぬ頭上へ移り、首を刺して仕留める。多少の熱を浴びたとしても、イルハの治療で何とかなると信じる。

 意識を研ぎ澄ませ、一歩。更に一歩。
 ――飛び移れる間合いに入った。
 そう認識した瞬間、鋭い弧を描いて空気に熱が走る。

「っ!」
 跳ね上げた剣の腹でメイルはそれを受け止めた。
 ガギ、と嫌な音を立てて食い込んだのはナイフのような爪――敵は彼女に首を向けもせず、千切れかけた脚を鞭のように叩き付けていた。
 遠心力が傷を裂き、完全に引き千切れた脚の質量が剣に押し掛かる。

「……!」
 撒き散らされた血潮が宙で蒸気に変わる。
 高熱の膜に顔を突っ込んだような痛みが走り、メイルは反射的に眼を閉じて飛び退った。
 衝撃に足が縺れ、無様に地面を転がる。

「メイル!」
 仲間の叫び声が意識を揺らす。
 彼女は土を掴み、辛うじて薄目を開けた。視力は失っていないが、瞼をそれ以上動かせない。
 ふらつきながら剣を杖のように突き立て、起き上がろうとする。

 ――その剣が、まるで木板のようにへし折れた。
「……え」
 体重の支えを失い、メイルは再び膝をつく。
 呆然と、半分の長さになった己の武器を見下ろす。
 折れた箇所の他にも不自然な溝が数本、鋼の剣身を深く平行に抉っていた。
 〈鬼火狼〉の爪跡だった。

7-2に続く

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