虹の干潟のアーダイド

「セッカ、後ろだ!」
叫び声と共に背中を突き飛ばされ、セッカは泥濘に叩きつけられた。
たちまち青黒く粘ついた泥が四肢を捕らえ、全身を引きずり込もうとする。
マスクの通気孔が塞がれれば死は免れない。必死で身を捻って仰向けになり……セッカは、自分を庇った仲間の首が、鈍い錆色の顎に食い破られるのを見た。
「が、ぁぐっ」
ゴーグル越しに見える顔色がみるみるドス黒く変色し、剣を握った手が激しく痙攣する。
生き血を啜られ、代わりに錆び付いた汚水を注ぎ込まれる――それがどれほど悍ましい苦痛を伴う末路か、セッカは嫌と言うほどよく知っていた。
早くとどめを刺してやらなければ。首筋に食らいつく敵の頭ごと、一刀のもとに急所を断つ……ぬらぬらと光る錆色の表皮持つヒトガタ、〈スラップ〉の目鼻なき顔を、セッカは睨み付ける。
否。睨み付けることしかできない。倒れた時に、利き腕が肘まで泥に埋まっていた。両足も既に足首まで。無理に引き抜けば関節が外れる。敵と死にゆく仲間の姿を目の前にしながら、じわじわと腕を引き抜くことだけにセッカは意識を集中させる。
その足元に、ひたり、と虹色の波が寄せた。
「クソッ、潮がもう満ちてやがる!」
「救援はまだ来ねえのか!?」
「立てぇ、セッカ!」
戦っている仲間の声が遠く聞こえる。第四発掘班はスラップの大群に包囲されていた。さらには油膜の張った海面がずぶずぶと上昇し、その足元を浸し始める。
そして。

バヂン。
硬いバネの弾ける音がした。
セッカは空を降り仰いだ。
〈アーダイド〉がそこに舞っていた。
華奢な少年の上半身に、金属の骨組が剥き出しになった脚。泥濘の上を歩くための、扁平に広がった足裏。
バネ仕掛けで軽やかに跳躍した異形の影は、眼下に群れる錆色の一つに狙いを定め。

バヂン。
一瞬にして義足が変形し、針のように鋭くなった先端がスラップの頭部を貫いた。
バヂン。バヂン。
錆色の肉体に穿たれた穴から、透明な真水が噴き出す。

(続く)

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