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嗤う繊月 ②

謎の事件


ふふふ。そうですね。それくらい、まるで秘密がありそうな珍しい良い泉質なのですよ。


他ではこんなお湯なかなか無いですよ。


そんなある晩のことでした。

僕はいつものように夜の12時を回った頃、お客様のほどんどいない岩場の露天風呂を楽しんでいたわけです。

山の空気を味わいながらね。


するとね、声が聞こえてくるんです。


誰だろう?

耳を澄ませると女性の声ですね。


キャッキャ、ウフウフと。

可愛らしい笑い声がしてくるんです。

鈴を転がすような。


隣の女風呂かな?

二人くらいが声を立てているんです。
でも不思議と会話の内容は聞き取れない。


聞こえるのは笑い声と、何かを話しているような声だけ。

その内に突然笑い声が静まったかと思えば……


しばらくして


鬼気迫るようなつんざく悲鳴に変わったんです。


僕は慌ててザバと上がると半分濡れてるまま服を着込んで、女湯に走って向かいました。


声を掛けてから中に入っていくと


…………………誰もいない。


誰もいないんです。


ガランと。

辺りを見回しても笑い声何一つなく、声の持ち主すらいない。


僕は狐につままれたような気分で湯を出ました。


ヘンだなぁ……。

温泉に浸かる気分でもなくなりましてね。


そのまま自分の部屋に戻りましたよ。


翌朝他の従業員に聞いてみたんです。

「ねぇ、ここは出るんじゃないのかい」

三年は勤めているという先輩従業員の男にね。

「夜の温泉に、霊が出たりはしないのかい」


思い当たるような顔をしてそいつは答えました。


「そういえば!お客さんから話を聞くな。たまに女の叫び声がするとかいった話を聞くんだよ」


昨夜僕が味わった現象だ。……と思いましたね。

「この旅館、以前事件があったんじゃないのかい。人が殺されたとか襲われたとか」

「少なくとも、俺は地元もこの近くだけど、新聞記事に載るような話は記憶にないね」と、言うんです。

へぇ、なら安心だ。と聞いた瞬間はホッとしたんですが

……………この旅館はこの辺りの地域唯一の名士です。
ええ、金持ちです。

村に税金をたっぷり納めていて、警察官にも強く出れるような顔の広さを持つんです。


そんな旅館でもし人聞きの悪い事件など起こればどうでしょう。きっと揉み潰すに違いない。

こんな小さい地域の警察官や新聞社なんてそんなものです。
………………失礼、あなたはこの近くの新聞社勤めなんでしたよね。
ふふ、まあ、私が普段それら機関に信頼を寄せていないというだけの話なんです。非難してないですよ。けっして。ふふふ………。


こうなると自分の力で調べるしかありません。



夜桜


事件にならないものを図書館の新聞が記録してるはずもないし、では残ってる「記録」は人の口しかない訳ですよね?

僕は旅館周りの施設の人間と手当たり次第仲良くなってみたんです。

さっきも述べた通り、ここらの周りにゃ、他の旅館が数軒と、バス停、ダムしかない……。


他の旅館の年季の入ったお婆ちゃんのような社員とよく会話をするようにしてみたんですよ。ええ、きっとおしゃべりでしょうからねぇ。

そしたら、ある話が聞けたんですよ。


昔々、うちの旅館には問題のある女将が居ましてね。

癇性で気は強く、従業員と対立を招いている悲惨な職場環境を作り出していたそうです。


女将の仕打ちはある日突然エスカレートしました。

そう。従業員達を独断で勝手に辞めさせてしまったのです。


当然旅館運営はたちまちままなりません。


夫の経営者も、夫の両親の大女将達も、カンカンに怒ったのですが
離婚などという問題に進む前に、
どうやら女将の心の調子がおかしいぞ、ということになり、
ひとまず旅館は休業という形をとって、女将を人前には出さなくなりました。

何回か精神の病院に連れていこうとしたようですが

女将が極度に嫌がりかなわなかったそうです。

女将は昼間から奥の部屋で寝かされるようになりました。

まるで、座敷牢みたいにね。

そうなると益々女将の心の病は更に進んでしまい……ええ、悪循環ですよね。


旅館業が再開されてから、家族は女将一人など気にも止めず大忙し。


女将は薄暗い部屋の布団の中で、どんどん狂気が進行していったのです。

女将はストレスからか、だんだん自分の顔を、カリカリと爪で掻きむしるようになりました………。

旅館はまた賑わいました。
新しい従業員、謳い文句の宣伝に釣られた繁忙期の旅行客達。
そして旅館の暗い暗い奥にひっそりと一人隠されている女将…………ふふふ。

春の、夜だったそうですね。


植えられている夜桜を見上げながら露天風呂の女湯に女性の客が二人。


チャプチャプと体にお湯をかけながら、足を伸ばし、和気藹々わきあいあい と会話する。


時折風が吹く。


ガラッと脱衣所の音が鳴り、誰かが入って来ました。


二人は振り向きざまに、絶叫しました。

顔        

に     


引っかき傷

だらけで……

片目の目の玉はほぼ引きずり出され、飛び出し、ブラ下がっている状態の、どこを見ているか、目の焦点が合っていない、舌を出している女が………現れたのですから。

あの女将の変わり果てた姿。


女将は包丁を持っていました。

湯船が血に染まり、真っ赤なお湯にたちまち変化する。立ちどころにねぇ。


夜桜も綺麗ですが、夜桜の下の真っ赤な湯船もそりゃあ月に映えて綺麗だったと思いますよ。

風流ですよね、想像しちゃうと。不謹慎ですけど。


従業員達が悲鳴を聞きつけて女湯に駆けつけると、二人の女性客がぷかぁと浮かんでおり、女将がこちらを振り向いて見ていました。
眼球の飛び出た顔でね。

ポカンとした顔でね。

ま、目が飛び出して舌も飛び出してるんだから、どうしてもポカンとした顔つきになっちゃいますよね。

他に表情作りようがないですよね。

体の強張る従業員達。
そして一瞬目を離した隙に、二人の女性客の死体を掴んで、どこかに居なくなったのです。


……………真っ赤な血だけを辺り一面に残してね。


事件?

当事者もいないし何も死体は無いのに、事件になりようがないでしょうよ。

だって、お湯の栓を抜いて、排水に流してしまえばいいんですから。



コワイ夜 (R15)


…………それからというもの、体は持ち去られても殺された女性客の魂はあそこに居残り続け、ああしてたまに怪奇現象が起こっているという旅館の結末になりました。

そりゃ殺された人からしたら堪んないですよね。事件を知ってほしくてしょうがないですよね。……綺麗サッパリ、掃除されちゃったんだから。


選択肢

□その温泉を見てみたいな      ↓下スクロールして読む

□女将は何だったんだ?   →次話に飛ぶ




温泉を見てみたい?

あなた悪趣味というか、勇敢というか……ここまで話を聞いてそれは、ちょっと頭のネジのおかしい人だなぁ……。

いえいえ、怒らないでください。気に入りました。気に入りました。


温泉見に行くのもいいですけどね……。


何?変なところ触ってないかって?

足の間に手を置くなと。


はは。大した温泉じゃないんだけどなぁ、見ても。
行っても変わり映えするような物は何も無く、きっとガッカリすることでしょう。


どうしたらあなたに変わったものを見せられるか、今急ピッチで頭を捻っているところです。

新聞のために、面白いネタを手に入れたくて堪らないっていう目をしてるからねえ。目の前で。どーしようっかなぁ……。あはは、参ったなぁ、コリャ。

アレ、固くなってきましたね。

なんでしょうコレ。ふふ。


んー。どうしたらいいかなぁー。

やっぱり心霊ネタがいいんですよねえ……。
そうだなあ。


おやぁ、とっても熱い溜息が溢れてますけど、どうかしましたか?


おやおや、おやぁ?


ああそうだ。「幽霊を見せてあげる」というのはどうでしょう。

僕一人幽霊知ってるんですよ。この近くにね。


もう終点の、僕が降りるバス停だ。

あなたとっくのとうに乗り過ごしてますよ。もう、一緒に降りちゃいましょう。
ていうか、降りるしかないですよ。もう。


……ほら、僕が手を引いてあげますよ。
草に足を取られて転んじゃいますよ。
バス停を降りてこんな山道にわけ入ってどうするんだってね?

黙ってついてきてくださいよ。あなた、幽霊見たいんでしょ?

ほら、こっちだ。

見てください、訳あり石碑ですよ。

……慰霊碑っつうやつだ。

ここでジッと待ってれば、霊が来るんですよ。待っていましょう。


……………。

ただジッとしてるのもなんだよなぁ。寒いし。冷たいし。暗いし。


おおっと。

ビックリしましたね……。後ろから触るなよってか。


ただ待ってるよりこうして待ってるほうが「らしい」じゃありませんか。心霊スポットなんだから。

心霊スポットでは、わざと霊を怒らせるようイチャイチャすれば、霊の出現が早まるもんなんです。


コレ、握ってるとあったかいですね……。

あなたの吐息もあったかいですね……。

いやぁ、いつまで経っても霊は来ないですね。
僕自信なくしちゃいましたよぉ……。
このまま、待ってて、本当に、来るのかなって。

待ってる内にずっと擦ってあげていたら顔がトロトロしちゃってるし、霊は来ないし。


うわぁ、後ろに指を入れてみたら更にトロトロしてますね。こりゃ駄目だ。

……僕達、霊を見に来てるんですよ?目的忘れてませんかね。


ここに指突っ込まれるためにこの慰霊碑の場所に居るわけじゃないでしょ?しっかりして下さいよ……。


何?やめて欲しくない?

あなた、仕方ない人だな…………。じゃあもっと足を開いて。


涎拭ってくださいよ、袖で。


はいはい、胸がいいんだね。わかります、男ですもの。


ビクンビクンじゃないですか。霊が何処かで僕達を見ているかも知れないんですよ?そんな姿見せていいんですか?…………え?いいって?理性完全にフッ飛んでるじゃないですか。

あ~あ。そしたら僕の耳元で何が欲しいのか言ってみてください。

ん?入れて欲しい?何を?


あー、よく言えました。パチパチ。


はいぃ。お望みのものですよ……。

うわぁ、女の子みたいに鳴いてますね。

本当に初めてなんですか?


さっきまでと同じ人には思えないなぁ………。

霊が見てますよ!そんなに乱れて!

ははは、あれ、ところで、霊なんですけど…………


実はもう、さっきからいるんですよね。霊はずっと。


ん?何処に?何処にも何もいないじゃないか?


ははは、居ますよ。

居ますって……………。さっきからずっといるんだなぁ。ずっと。

気付かないかなぁ。

━━━ふと、暗闇が目の前を包んだ。


竹澤宏太END 『暗闇に包まれ』



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