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嗤う繊月  9

味わいの想像(R15)



そうですよね!興味が湧きますよね!


多分。美味しいんだろうなぁ。


どんな味なのか、想像が膨らんで、堪らなくなりますネ。


…………でも残念だけど、オレには味わえないんですよネ。


それは何故って?

聞いちゃいますか?


選択肢


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うん。オレには味なんて分からないんですよ。


昔、父親にね。


舌をね。

根っこから2、3センチばかりを残して、寝てる間に切り取られてしまったもので。


父親は医者でしたから。


麻酔を打たれて切られてしまってね。
おかげさまで気管が詰まるなんてことはなかったんですけど…………。

いくら麻酔といったって、神経が集まる舌だから、すぐに激痛が襲ってきてね。

パニックになっちゃったあの一夜は、今でも忘れられないな…………。


以来ものの味なんてちっとも分からなくなっちゃいました。

だからでしょうかね。

味わえないと残念に思えば思う程。

味の想像が際限なく膨らんで。

気が付いたら、口に食べたいものを詰め込んじゃってる時があるんだ。

衝動が止められず、まるで夢遊病のように、熱に浮かされてね。
自分が自分の体じゃないようにね。

気付いたら食べ終わった皿の残骸が自分の周りに散らかっていたりしてね。

そんなに食欲旺盛じゃないんですよ?普段。


そうだ………。人間の味は……多分美味しいんだろうなぁ。


━━━ガツンと殴られた衝撃が頭にした。

気が付いたら見知らぬ暗い、家の中に連れ込まれていた。

ベッドの上に縛られている。

にこやかに話していたはずの男が室内に入ってくる━━━

やっと起きましたか。


すみませんね。


最初に話した通り、オレの手、オレの意思に反して、勝手に動き出しちゃうんですよ。

勝手にオレの手が、鞄を掴んで殴っちゃってすみません。


嘘だ?人間の味を食べたがっていただろう?本当はコンビニで物を盗んだのだって全部おまえの欲望通りのおまえの意思だろう?


そんな…………ひどいなぁ、何てひどいことを言う人なんだ。オレの父親みたいだ。まるでオレの父親だ。いいや、父親だ。間違いなくオレの父親だ。父親だよ。ここにいるのは父親だ。


━━━男は三徳包丁を持っている。包丁を握りしめ、私のシャツのボタンを弾け飛ばすように、上着を上から下まで切り裂いた。やがて包丁はズボンのボタンもブツと弾け飛ばせ、ズボンが剥ぎ取られると、下のトランクスが露出され、トランクスの下に隠している盛り上がりを包丁でなぞるように一旦弄ばれ、それから布地をビリビリ光る切っ先によって切り裂かれた。パズルの破片のように細かく裁断された私のトランクスが、ベッドの上と下に散らばり━━━


どうですか?舌が短いオレの口の中は。

邪魔するものがないから、口の奥の奥まで、あなたのものが何の障害も無く入っていく。


美味しい!とても……美味しい!
肉の味美味しいですネ!

舌が無いのに不思議だ。頭に直接美味しいと伝わってくる。


あなたも美味しそうな顔してますネ!

我慢しなくて、いいからっ!


美味しいでしょう!オレの口っ!


ここもいじくりながらすると、もっと濃厚に美味しく味が変わりますからね……。

だめだめ、足を広げないと。言うこと聞きなさいっ!


ねえ。美味しくなったね。さっきより。

甘々のとろみがたっぷりに溢れ出ましたね!


…………さあ、今からオレのコレを使えばあなたの体がもっと美味しく出来上がりますからね。


コラ!言うこと聞きなさいっ!

…………ね?美味しいですよね。
前も後ろも。

…………手が止まらない。オレの意思じゃないんだ。勝手に手が止まらないんだよ。ほんとなんだよ?信じてくれるよね?

美味しい!とても美味しい!

動きが激しくなってしまうけどこれもオレの意思じゃないんだよ!


コラ!言うこと聞きなさいっ!………………パパ!

耳をあてると心臓の音がトクントクンよく聞こえる。


知ってますか?

人間はね。視力を奪われるとね。生きてく上での情報の80%位は、もう失われてしまうんだよ。

この包丁で、目を切り裂いて、あなたの人生を奪ってあげようね。

そうなると、オレがいないと、あなたは何も出来なくなるからね。

幼い頃から見えない人は
目に頼らず情報を知る手段を習得してても、あなたには無理だから。

いやだぁ?

ならオレの言うことをきいて、大人しく暮らしているより他、あなたに出来る術は無いんですよ…………。んっふっふ。

もしよからぬことを企んだら、オレがすぐさまその眼を奪ってしまうからね。


━━━こんな狂った男に捕らわれたまま、これからの生涯を終えるなんていやだ。いやだ。いやだ。
どれだけ心の中で神に祈りすがっても、奇跡などは起こらなかった。
救いを求める声には誰も応えない。
更なる凶行に及ばれないよう、私は彼の機嫌を伺いながら、彼の「優しい理想の父親」として、今もこの捕らわれた家の中で暮らし続けている━━━━━━


古木陽毅END 『父子の肖像』


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