見出し画像

カスタマーサクセスの一部はBPO化していくという話

こんにちは、山田ひさのりです。今日はちょっと刺激的な話をしたいと思います。それは、カスタマーサクセスの一部業務は今後BPO(Busuiness Process Outsourcing)化の波が来るであろうということです。

いきなりこのような入りをすると「PV稼ぎの釣りタイトル」と思われるかもしれませんが、私にはこのロジックを説明できる根拠があります。ただし、まだ明確なプラクティスとして語れるほどのファクトがそろっていないので、あくまで予想・見通しレベルでお話しさせていただきます。

私は日々カスタマーサクセスのプラクティスを発信していますが、明確なプラクティスとして公開したいものは、ALL SATR SAAS FUNDの記事として発信しています。noteに書くものは、個人的な意見、予想・見通しとしています。

2023年時点のカスタマーサクセスのミッション変化

以前、noteで説明しましたが、カスタマーサクセスが果たすべき役割は徐々に変化しています。それは、ナーチャー → アウトカム という流れです。

詳細は上の記事を参照してほしいですが、簡単に説明するとカスタマーサクセスには、

  1. 顧客育成(ナーチャー)

  2. アカウントマネジメント(アウトカム創出)

の2つの役割があり、2022年ごろまでは1.のみが求められてきたのですが、昨今のリセッション不安から2.が新たに求められるようになっているというお話です。

これまでカスタマーサクセスのプラクティスは1.に偏っており、オンボーディングやリニューアルにおいて体系化されてきたという背景があります(実際に私もそこにフォーカスして情報発信をしてきました)。そして、2.は従来からの既存セールスが本来持つべきであった技能であり、改めてそこをカスタマーサクセスが担うことが求められてきているという流れです。

カスタマーサクセス登場以前の既存顧客との付き合い方を振り返ってみると、「2.を既存セールスがやろうとするも、そもそも1.をやっていなかった(プラクティスがなかった)」ということに尽きると思います。
そもそも1,2は段階的に進むので、1.をやらずに2.が達成できるはずもありません。そのような反省から、1.のためのCSプラクティスが開発され、それが普及していったのです。このようなプラクティスの普及はまだまだ途上ではありますが、SaaSベンダーにとっては当たり前のものになりつつあります。

そして、1.をそれなりのレベルで整備できたSaaSベンダーは、今後のカスタマーサクセス組織の進化の方向性に悩むことになります。事業をストレッチするには、顧客にアウトカムを与えたのちにエクスパンションでトップラインを上げにいくのですが、1,2の業務が混在していることから、最適な人材配置とKPI設定がやりづらいという問題に直面するのです。

これは考えてみれば当たり前の話です。アウトカム創出後にもたらされるエクスパンションは、ナーチャーのみでは達成できません。顧客にフィットしたアカウントマネジメント(提案)ができてこそ、顧客は同サービスの社内拡大や新たな製品・オプションの購買を決定するのです。ナーチャーでできる限界はおそらくチャーンレートを下げることまでです。よって、カスタマーサクセスは今後、(エクスパンションの前提条件として)2.のミッションを負うことになるというのが上記で参照した記事のポイントです。

しかし、現時点の一般的なカスタマーサクセス組織は、ナーチャーとアウトカムという2つのミッションが1つのロールに割り当てられています。そして困ったことに、この2つのロールに求められるケイパビリティは大きく異なるのです。私はこれがカスタマーサクセスにエクスパンションKPIを持たせにくい最大の理由だと考えています。

上述した記事は、「どうやってアウトカムを特定すればよいのか?」というテーマで書かれていますが、仮にそれができたとすると、1.と2.が分離できます。その結果、カスタマーサクセスマネージャーと呼ばれる人たちは、1.と2.のどちらのロールを目指すべきかというキャリア選択を迫られることになるでしょう。

ただし、自社プロダクト・サービスのアウトカムを明確にしきれないベンダーは、いつまでも1.と2.を分離できません。そのような組織のカスタマーサクセスマネージャーのキャリアは「既存顧客をフォローする人」というあいまいなものになります。なぜこうなるのかという理由については、いつかどこかでしっかり説明します。

ナーチャー部分をカスタマーサクセスが行わないことには合理性がある

やや理論を飛躍させますが、1.のナーチャーはBPO化してしまっていいと私は考えています。「それをやっては、もともとのカスタマーサクセスマネージャーの存在意義が薄れるではないか?」という反論を承知であえてここでそのわけを説明させてください。

オンボーディングをやったことがある人であればわかると思いますが、新規顧客への導入支援は共通のパターンが存在します。オンボーディングはそもそも、将来のアウトカム創出の前提となる「高活用状態」を作るために、「初期利用時にここを外してはいけない」というポイントを把握し、そのために設計されたオペレーションにそって新規顧客にそのポイントをトランスファーする行為です。これは裏を返すと、

A:外してはいけないポイントの見極め
B:それを促進するためのオペレーションの整備

の2つがされていれば誰でも再現可能ということを意味します。

多くのスタートアップは顧客のオンボーディングを内製で行いますが、それは上記の2つがまだハッキリと見えていないからであって、サービス提供歴が4~5年以上経過しているプロダクトの場合、そのあたりがだいたい見えるようになっているものです。このような成熟度に達しているSaaSベンダーであれば、オンボーディングを外注(代行依頼)することが理論上可能です。ただし、上述したカスタマーサクセスの2大業務

  1. 顧客育成(ナーチャー)

  2. アカウントマネジメント(アウトカム創出)

が一体化していると、「そんな大事な部分を代行依頼するなんてとんでもない」という論調になります。一見これはまっとうな主張に見えますが、単にカスタマーサクセスの業務をクリアにできていないことからくる安直な発想と私は見ています。

山田セッションのスライド抜粋 in ALL SATR SAAS CONFERENCE 2023

上記は私がALL SATR SAAS CONFERENCE 2023で発表したスライドの抜粋です。この図では上段を「役割としてのセールス」、下段を「役割りとしてのサクセス」という名称で分離していすまが、もっと簡単に説明すると、上がアウトカム業務で下がナーチャー業務です。上がアウトカムを特定して、下がそれを達成するために必要なプロダクト活用水準を満たしに行くことを示しています。

アウトカムから降りてくる「必要な活用水準」を満たすためには、オンボーディングに代表されるナーチャー業務に力を入れる必要がありますが、私がコンサルさせていただいた範囲では、顧客に与えるアウトカム(≒導入目的)が異なっていたとしても、満たすべき活用水準の8~9割は共通であることが多いのです。そしてこれは、求めるアウトカムが異なるとしてもほとんど同じオンボーディングをすることを意味しています。つまりは標準化・定型化できる割合が多いということです。これが私が、オンボーディングに代表されるナーチャー部分をBPOできると主張する理由です。

一方でアウトカム部分はというと、これは顧客の課題感や社内のパワーストラクチャーの把握、顧客とのリレーションシップ構築などセンシティブな業務の塊であるため、ここをおいそれとBPOする判断はできないでしょう。

つまり難しいのはアウトカムであって、ナーチャー部分ではないのです。そしてカスタマーサクセスの業務において、この2つが不可分になっていることこそが業務のBPO化を阻んでいるのです。

実は顧客もナーチャーを熱望してはいない

これまでベンダー目線で、ナーチャーBPOの合理性を説いてきましたが、実は顧客側から見てもここをBPOするメリットはあります。

ナーチャーというのは育てる側と育てられる側が存在します。育て側のサービスベンダーは顧客が自立してくれることを望みますが、顧客側は別に育てられたいわけでなく、必要だといわれたから育成側のガイドに従っているにすぎません。
最近はバックオフィス系のSaaSも多く市場に現れていますが、そのようなプロダクトは、プロダクトが稼働するまでに整えねばならないことが多く、サービスを使い始めるのに2週間~1カ月かかることも少なくないそうです。でも顧客側からすれば、自分の業務を効率よく快適にしてくれるのであればよくて、積極的に学習したいわけではないのです。

そんな時に、そういった面倒なツールの概念・操作をガイド(できれば習得まで)してくれる存在がいて、その人たちに対価を支払う代わりにやりたいことだけ伝えればビジネスアウトプットが得られるとしたら、そのオプションを選択したい人は多いのではないでしょうか。ちなみにこれは近年BPaaSに注目が集まっているトレンドと一致します。そのトレンドの発生理由については以下の記事をご参照ください。

これは特にエンタープライズ顧客に見られる傾向であり、「お金で解決できるならしたい」と思っている顧客にはウェルカムでしょう。使い始めるまでの面倒な設定や社内体制の構築を自身に代わって整えてくれるのであれば、それはそれで合理性のあることです。そして、SaaSベンダー側がそのようなロールの人たちをあらかじめ用意してくれるのならば、まさにWIN-WINといえるでしょう。

しかし、カスタマーサクセスマネージャーの中には、オンボーディングに代表されるナーチャー業務を外部に委託することになんとなく抵抗感がある人も多いのです。その原因はナーチャーとアウトカムが混在している業務ミッションにあるのですが、自社プロダクトへの愛着やミッションドリブンの社内文化が足かせとなり、BPO化の意思決定に至れない会社も多いと感じています。

BPOベンダーもCXへの貢献を新たなビジネス領域と捉えている

上記で展開してきたロジックは、以下のトレンドを踏まえて私の頭の中で自然と導かれました。

  1. リセッションによりSaaSへの投資がシビアになる

  2. プロダクトがもたらすアウトカムを特定し、顧客に説明する必要が生じる

  3. それに伴いカスタマーサクセスのミッションが2つに分離される

  4. その一部がアウトソースされる

とはいうものの、「果たして本当に世の中はその途上なのか?」という疑問がありました。私の周辺でもカスタマーサクセスのオンボーディングを外注しているベンダーは少なく、またそれを受けてくれそうなBPOベンダーもあまり聞いたことがありません。

私はこの疑問を払拭すべく、実際にBPOベンダーに尋ねてみることにしました。幸いなことに私はコールセンタージャパンというコールセンター向けの雑誌を発刊している編集部とお付き合いがあり、そのつてで日本でも有数のBPOベンダーの方にお話を聞くことができました。インタビューにあたって私が確認したかったのは以下の点です。

  • カスタマーサクセスからのBPO相談は実際にあるのか?

  • 御社にそれを受けるケイパビリティはあるのか?

この質問に対するBPOベンダーの方の回答は以下でした。

  • 昨今、BPO業界もCX(Customer Experience)の向上を事業視野に入れ始めている

  • 具体的には、新規顧客獲得~既存顧客の立ち上げ~既存拡大を業務範囲としてカバーするサービスを提供し始めている(※1)

  • 実際、当社(そのBPOベンダー)はオンボーディング専任の組織を持っている

  • SaaSベンダーからの類似依頼はまだないが、ある大手のグローバルITベンダーから※1を請け負っている

  • ※1ができるのは、発注元の大手ITベンダーが※1を実現するためのオペレーションフォーマットをすでに確立していたから

  • クライアントがこのような仕組みを保有している場合、当社がそれを効率的にかつスケールさせることはできている

  • SaaS業界に同じスキームを適用してビジネス拡大できるかはまだ未知数

この事実を知った私の感想は、「BPOベンダーが持つこのスキームをSaaS業界が活用する日も近いな…」でした。SaaSは収益性が高いビジネスモデルであると同時に、大量に人的リソースを必要とするという側面も持っています。それは、これまで放置されてきた「既存顧客にアウトカムを与え、信頼関係を構築する」という本来のビジネスのあり方にコミットしているからに他なりません。なぜなら、これを行うには(現時点では)大量にヒューマンリソースを投下し続けるしかないからです。現に、2023年の主要SaaSジャイアントたちが抱える人的リソースは肥大化しています。

しかし、上述のBPOベンダーの発言からも見られるように、今後はカスタマーサクセスやセールスが、CXサービスを提供するBPOベンダーと組むことで、より効率的にSaaSビジネスを拡張できる時代が訪れるかもしれません。

お話を伺ったBPOベンダーの方によると、「BPO業界全体として、CX支援領域を開拓していくのはトレンドだが、その準備が整っているところはまれ」とのことでした。つまりそのケイパビリティは業界全体でまだ十分ではないのです。
しかし、必要は発明の母と言われるよう、クライアント予備軍であるSaaS業界がナーチャー業務の代行をBPOベンダーに相談し始めれば、彼らは一気にケイパビリティを身につけ始めるでしょう。今はまだそれをおこなうビジネス合理性を見いだせていないだけです。そして、それが訪れる日はそう遠くないのかもしれません。

そして今まさにオンボーディングのBPO化を検討しているSaaSベンダーの皆さん、おそらくあなたがたは間違っていません。

BPOが大企業のカスタマーサクセスを加速させる(かも)

ここまでカスタマーサクセスの一部業務がBPOされる必然性を述べてきましたが、これによってもっとも恩恵を受けそうなのは、これからカスタマーサクセスを取り入れようとしている大手企業です。カスタマーサクセスはスタートアップ界隈ではもはや常識ですが、まだまだ大手の企業にとってはフロンティアです。私の講演や勉強会にも、大手企業でカスタマーサクセスの役割を拝命された方がそれなりの割合で参加されます。

大手企業は資金と人的リソースをそれなりに有しており、BPOにも慣れています。このような企業群がカスタマーサクセスBPO化の流れに乗り、スタートアップを追いぬくスピードでカスタマーサクセスのスキームを整備してしまう可能性もあると見ています。特にIBM、SAP、OracleなどのグローバルITベンダーや、国内の大手SIerに十分にあり得る話です。

ただし、カスタマーサクセスをBPO化する上での重要なポイントは、アウトカムを与えるために大切なナーチャーポイント見極めることです。これは顧客をつぶさに観察し、多くの試行錯誤を経て初めて実現することができます。今まさに市場で勝っているスタートアップは皆このフェーズを経験しており、その先に「成功するCS BPO」があるのです。
私の唯一の心配は、大手企業がその原理原則を忘れて、安易にCS BPOに手を出してしまうことです。そうならないようにも、私としてはますますカスタマーサクセスのプラクティス化と情報発信に注力したいところです。

カスタマサクセスのキャリアはどうなっていくのか

ここまで本記事を読んで、カスタマーサクセス関係者の方が気になるのは「自分たちのキャリアは今後どうなっていくのだろうか…」ではないでしょうか?アウトカムとナーチャーの業務が分離され、後者がBPOベンダーにとって代わられた世界で、カスタマーサクセスはどのようなキャリアを目指すべきなのでしょう。

これに対する私の回答はそれなりにありますが、まだゆるい予想であり、皆さんに自信をもって語れるレベルでないため、本記事でそこまで言及するのは避けておきます。ただ、私がカスタマーサクセス関係者の方に声を大にしていいたいのは、「顧客に寄り添う”だけ”のCSはもう必要とされない」ということです。これからは顧客に成果を与える力がより必要となってきます。

もちろん顧客に寄り添う力は今後も変わらず重要です。ただ、高度なホスピタリティ、いわゆる「もてなし力」のみが重宝される時代ではないということです。

今後のカスタマーサクセスのキャリアに対する私の主張をふんわり述べておくと、カスタマーサクセスはよりセールス化していくと思います。それも、従来からある、皆が想起する「The セールス」ではなく、顧客の課題を解決するパートナーとしてのセールスに近づいていくでしょう。そう考えると、カスタマーサクセスという概念・職能は、セールスをより高度に進化させるための工程の一つなのかもしれません。

今後の進化が楽しみです。

2023.12.25 追記

経営管理SaaS「ログラス」でカスタマーサクセスに従事されている比留間さんが、このnoteに対するアンサーnote(サクセス業務のBPOのはじめ方)を書いてくれました。私も勉強になりました。

2023.12.18 追記

私と同じCS第一世代のコミューン株式会社CCOの岩熊さんが、カスタマーサクセスのキャリアに関するnoteを書かれていました。私も同意見ですので、参考に見ておくと勇気をもらえます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?