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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』54

「義父上…?!」

「勘違いしないでくれ。
別に、盟王陛下と一戦交えようと
いうわけではない。
お前としても、実の妹に疑いをかけられて、
良い気分ではなかろう。

何かが起こった時にすぐ、
この街を守る行動を
できるようにしておきたいだけだ。
これはな、お前の妻子を
守るためでもあるのだぞ。
仮にもし疑いを向けられたとしても、
盟王陛下の実子であるお前が
訓練を指揮しているとわかれば、
首都オルドローズの連中に
疑われることもあるまい」

つまり、保険をかけつつ、
有事には動けるよう準備しておく、
ということか。いかにも義父らしい。
土竜にも似た潜り方だ。

ただ、クランべは
多少そこつなところはあっても、
決して暗愚ではない。ゆえに、
義父が隠した真意にも即座に気が付いていた。

…この市長、いざという時は
俺にすべての責任を負わせて、
俺の命と引き換えに、この都市の
支配権を死守するつもりではなかろうな。

ふん、そう容易くはいくものか!

そう思ったことを毛ほども見せず、
クランべは一礼して、
市長の命令を実行に移した。

さて、もう一方、首都の東にある都市、
ガリカシスではどうだったのだろうか。

紫の蜘蛛、とも
あだ名で呼ばれているカシス市長は、
この噂を聞くなり、即座に否定していた。
誰かがこの国を混乱させようと
しているのではないか?
瞬時に、そう見抜いたのである。

粘着質な気質を持つ彼女は、以前、
間者を使って盟王の出自について
調べさせたことがあった。
ところが、どういうわけか、
彼の経歴は正確に
たどることができなかった。
図ったように、途中で探索の糸が
ぷつりと切れてしまう。
間者たちも首をかしげていた。

…切れてしまう、ということは、
誰かが意図的に「切った」ということだ。
彼女はそう決めつけた。つまり、
盟王の本当の出自は、本人と
限られた者以外には、誰にもわからない。

わからない以上は、探っても無駄だ。

その代わり、何か色を付けて
出てきた情報があったら、それは
「誰かが意図的に作った情報」である。
そのように彼女は割り切っていた。

だが、この噂が怪しいものだからといって、
盟王に永遠に忠誠を誓うわけでもなかった。
むしろ逆だ。盟王の子どものマオチャ姫、
つまり、ココロン姫の姉を
息子の妻に迎えたのも、
彼女の野心を一時くらませるためであった。

カシス市長はひそかに、
この国の実権を握るべく、
裏で画策をしていたのだ。

息子とマオチャ姫との間には、
すでに娘が生まれている。
カシス市長にとっても
イッケハマル盟王にとっても
「孫娘」にあたる存在。

「次の世代は仕方がない。
でもね、その次の世代は、私の孫が
この国を率いてもいいんじゃないかしら?
盟王にとっても孫なんだから、
悪い話ではないはず。

同盟を結んだからといって、
ピノグリアの奴らに好き勝手に
させることはない。
北の国を征服するですって?
おおいにけっこう。
膨らんだ版図をいずれ、丸ごと
カシスの色、紫色に染め上げてやる」

そのような野心を秘めて、カシス市長は
ガリカシス周辺の街や村を開発し、
着々と財力と軍事力を積み上げている。

キュシェ川の分水工事も、
これに役立っていた。
キュシェ川の流れを南東の方角、
ガリカシスの方角に分けたことで、
この地方では灌漑が飛躍的に進み、
農地が倍増していたのだ。
荒地だった土地は、
肥沃な農業地帯へと生まれ変わっていた。
ガリカシスを中心とした
ローズシティ連盟の東部は、
おおいに恩恵を受けていたのである。

兵を養うこと千日、
用いるは一朝にあり…。

カシス市長はそんな心持ちで、
この噂を悠然と黙殺している。
彼女にとって、噂が
本当かどうかなど関係ない。
時さえ来れば、紫のバラの旗を掲げて
盟王を討ち、天下を獲りにいく。
まさにカフィーが予言した通り、
この噂は野心家たちの野望を駆り立てたのだ。

だが、カシス市長の息子に嫁ぎ、
首都とガリカシスとの架け橋になっている
マオチャ姫の考えは、
義母の市長とはやや違っている。

以前は、カシス市長に勝るとも劣らない
野心家の彼女だった。
だが、結婚して出産した後、
その気質には変化があらわれていたのだ。

「お義母様は、いずれ機会を見て
盟王陛下、父上に反旗を翻すことでしょう。
『娘を王位に就ける』と言って
私たちを言いくるめ、
実権は自分が握るつもり。

…でも、そう容易くはいくものか。
私は、夫と娘と、その近くの者たちが
幸せに暮らせる環境を、
何としても守る。そのためなら、
どんな犠牲を払っても惜しくはない」

…こうしてカフィーのまいた悪意の種、
内乱の種は、まいた本人が
想像もつかない状況へと
花を咲かせていくことになる。

盟王の子どもたち、
クランべとマオチャは、
表面的には従順にしつつも、
バボン市長とカシス市長の
言うなりにはならなかったのだ。

それに加えて、市長たちは、
もう二人の盟王の子どもたちのことを
見落としている。

「バラ姉弟」の二人である。

弟のランプがアルバボンに、
姉のミシェルがガリカシスに、
先日から密かに潜入していたことを…。

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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