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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』53

3、まかれた悪意の種

カルダモン商会の秘密の本部で、
商館長のカフィーは書き物をしている。
相変わらずノックもせずに
入ってきたククアに一瞥もくれず、
彼女は報酬の小袋を投げてよこした。

「…何を書いておられるのですかの?」

低く暗い声でククアが尋ねると、
カフィーは顔も上げずに答えた。

「何、たいしたことはない。
この国をちょっとした
混沌の渦に叩き込もうと思って」

どこが、ちょっとした、なのだろうか。
そう思いつつ、ククアは
空いていた椅子に無遠慮に腰かけた。
葉巻を取り出し、火をつけて、
ぽかりと煙をくゆらせる。

主人はとがめる様子もない。
この黒猫のような暗殺者には、基本、
自由に、好きなようにさせているのだ。
ククアはククアで、この幽霊館長は
相変わらず謀略が好きだねえ、と思っていた。

お互いに敬意は全く持っていない二人である。
主従という上下関係はあるが、
仲間意識は皆無であった。
しかしお互いの特殊能力、カフィーの謀略力と
ククアの暗殺力については、
それぞれが絶対の信頼を置いている。
明るみに出せないことを、共犯として
粛々と行ってきた。奇妙な二人組であった。

「…よし、できた。商館員を通して
これを版元に持ち込ませる。
国中にばらまく」

会心の笑みを幽玄な様子で浮かべて、
カフィーは悦に入っている。

「…ふむ。しかし果たして、
拡散してくれますかの。
北の大公国は、警備にも隙があって、
仕事がしやすかっただ。
でも、この国は、まだ
取り締まりが厳しそうですけれども」

カフィーの原稿を見ながら、
ククアがつぶやく。
商館長は、暗殺者の心配を打ち消す。

「アルバボンとガリカシスの
業者を中心に作らせる。
あの都市は、首都や他の五大都市と違って、
盟王の仮想敵国。こういう噂を、
喜んで広める輩も多いでしょう。
そうね、ピノグリア大公国のほうにも
まいておきましょうか。
不審の種は、幅広くまいておくに限る」

「はあ、そういうもんですかいの。
でも、最近はあの二つの都市も、
盟王に尻尾を振っとるそうですで?
盟王の子どもたちと市長の子どもたちは、
結婚までしとります。
そんなにうまく、ことが
運ぶものでしょうかの?」

「確かに、表面上は従順にしているわ。
単独で敵意をむき出しに見せたら、
盟王に個別撃破されるからね。
でも、この噂が広がっていったら
どうなるかしら?
天下を獲れる成算あり、と決意して、
立ち上がるかもしれない。
そうならないとしても、不信感は募るはず」

ククアはもう一度、原稿に目を落とした。
大意は次のようなものだった。

『大公は大怪我により表舞台から姿を消した。
ニューグリーン商会の幹部は毒殺された。
これらの事件には、事件の直前に入国し、
直後に出国したココロン姫が関与している』

『盟王は、表面上はピノグリア大公国と
手を結ぼうとしつつ、
裏では謀略によって北の国を弱めている。
姫を自分の駒として操り、
北の国を実力で征服しようとしているのだ』

『五大都市の軍勢を集結させて、
大河にかかるピノローズ橋を渡り、
ロマコンティを占領。
返す刀で五大都市の市長の権限を剥奪し、
全土を直轄領にしようと企んでいる』

『そもそも、盟王とは何者なのか?
イッケハマル家を創設する前は、
どこで何をしていたのか。
知られている出自は真実のものなのか。
はなはだ疑わしいところがある』

『盟王の背後には、マース・チャンバ、
謎の調香師や香水商人など、
怪しげな一団がひしめいている。
君側の奸たち。闇の人脈を使って、
彼は盟王から絶対君主へと変貌する…』

ククアは、カフィーの謀略の才能に、
改めて感心した。

事実というスポンジケーキを、
悪意をもってコーティングすれば、
このようにどす黒い
チョコレートケーキができる。
苦々しいビターな味わい。
この流言の隠し味は、すべてが
嘘ではないところ、真実を部分的に
まぶしてあるところにあった。

「大公の災難」
「ニューグリーン商会幹部の毒殺事件」
「ココロンの訪問」「姫と王子の婚約」
「二つの国の協力関係」。

いずれも嘘ではない。ただの事実。
そこに悪意ある解釈と推論を
塗りたくって、すべての都市を
ひれ伏させようとする絶対君主像、
よこしまな暴君を「創作」しているのだ。

「…この文章を読んだ者は、まず、
ばかばかしい、虚言だ、流言だ、と
否定しようとするでしょうね。
盟王は五大都市を尊重している。
だからこそ『盟王』として
君臨できているのだから。
ところが、よくよく考えてみると、
今の盟王の実力はこの国の歴史上、
最強とも言えるほどに膨れ上がっている。
そのことは誰一人否定できない。

…不信の種は風船と一緒よ。
疑惑が膨らめば膨らむほど、
針の一突きで、ぱちんと
割れる危険性も大きくなる」

「その針の一突きを、
アルバボンとガリカシスにさせる、
というわけですだか?」

「そう。別に真実など必要ない。
真実と思えるような恐怖を、一瞬でも
心に湧き起こしてくれればそれでいい。
野心家たちは、この噂に乗って、
密かに行動を始めることでしょう」

漆黒の無糖珈琲を口に運びつつ、
カフィーは満足げにうなずいた。

この「幽霊館長」の指示は、
商館員たちの手で迅速に実行されていった。
逆らっては祟りが怖い。
むろん、間に人を何重にも挟み込み、
この怪文書の出所がカルダモン商会で
あることを徹底的に隠していた。
隠すことは、彼らの得意技なのである。

カルダモン商会は、表面上はただの
外国資本の商人たちの集団にしか見えない。
イナモンたちのように、
その隠れた企みに気付いている
慧眼の士は、ほとんどいなかった。

…首都の西にある都市アルバボンでは、
市長が難しい顔をして、
この怪文書を読んでいた。

彼に呼ばれた元第二王子、
ドグリン・クランべは、
義父の顔をのぞき込む。

「取るに足らぬ流言飛語ですぞ。義父上、
どうぞ、軽挙妄動はなさらぬように」

「…わかっておる。これは虚報だ。
だがな、盟王が五大都市から
市長たちを追い出して、
自分の直轄領に組み込もうとしている、
という噂は、前々からあったのだ」

短く刈り上げた茶色の髪の
頭をなでながら、
粗野な顔に渋い表情を作る。

「クランべ。お前に頼みたい。
我がバボン兵たちを
訓練させておいてはくれぬか?」

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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