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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』47

8、病床の密談

ロッカは、チャンバの口から出た
予想外の指示を、思わず聞き返した。

「…? 港町のボジョンヌに、ですか?」

老人は、孫ほども年の離れた
ロッカに向かって、声を低めた。

「そうだ。…ココロン姫をな、
取り急ぎ、あの国から脱出させる」

「しかし、リーブル様がいらっしゃいます。
パンナ姫も、少々型破りな
お方ではございますが、
姫に危害を加えるようなお方では
ないように見受けられましたが…」

「うむ、彼ら自身は大丈夫だろう。
だが、この危機に乗じて、
王子と姫との結婚、ひいては
二つの国の同盟に
ひびを入れようとする輩が、
向こうの国には潜んでいるはずだ」

「…!」

「この国にもいる。
陛下が目を光らせているうちは
表立っては現れないだろうが、
陛下の覇業に反対する者が、
少なからずいるのだ。

とすれば、向こうにも必ずいる、と
考えたほうがいい。

そのような輩に、万一、
姫の身柄を奪われてはどうなる?
もし、人質に取られたら?
そよ風が嵐へと変わらぬうちに、
かの国から姫を脱出させておくにしかず」

「しかしそれなら、
私は首都のロマコンティ、
姫様の所に戻ったほうがいいのでは…?」

「姫にはわしから早馬で知らせておこう。
お主は一足先にボジョンヌに向かって、
姫を迎える準備をしておくのだ。
そのほうが速く、円滑に脱出できる。
…さあ、急げ!」

「わ、わかりました。ですが、
どのように脱出をすればよろしいので…?」

ロッカの質問に、この元名将は、
にやりと笑顔を浮かべた。

「いま、我が国の港町、
ダマクワスには誰がいる?」

「イナモン卿が…。あっ、そうか!」

「そうじゃ。
陸路よりも海路のほうが安全である。
見えざる敵も、海路にまでは手が出せまい。
わしはイナモンにも早馬で知らせて、
海路によってボジョンヌへと
向かうように指示する。

もっとも、あの男のことだ。
すでに情報をつかんで、
先読みをして準備を進めているかもしれぬ。
良いな、ロッカ。
お前はイナモンの指示に従って、
姫を安全な場所にお連れするのだ。
この『つなぎ』の役目を、
しかと果たすが良い!」

「…このロッカ、命に替えましても!」

チャンバは彼女を見送ると、
表情を改めて、自分の机の上を見た。

そこには、トランプのカードが並べられている。
奇しくも、カルダモン商会のカフィーと
同じように、ダイヤのカードの中には
人の名前が書かれていた。

だが、その並びは
彼女のものとは少し違っていた。
ふうと彼は一息つく。
早速、仕掛けてきおったな。
これでは思ったよりも早く、
手札を切っていかねばならぬようだ…。

やがてチャンバは服装を改めて、
首都の宮殿へと向かった。
盟王は不在であった。

彼は宮殿に着くと、
人目を忍びつつ廊下を進む。
途中で廷臣たちにすれ違うと、
会釈をしながら通り過ぎる。

ココロン姫の教育係の任務を辞した後、
彼は盟王の私的な
相談役のような地位にいる。
廷臣たちもそれを知っていた。
特に怪しまれることはない。

徐々にすれ違う人が少なくなり、
やがて、気配が絶えた。
…セイン王子の部屋の近くである。
病弱な王子の部屋に通う者は、
ほとんどいない。
そう、チャンバ以外には。

いや、もう一人いた。

それが、セインの近くで
彼を見守っているドッゼ・ヤナガである。
彼はちょうど所用があって
外出をしていた。
しかし帰ってきたところで、
チャンバが王子の部屋へと
入っていくのを目撃して、
とっさに物陰に隠れた。

姫の前の前の教育係、
チャンバ卿が、またもや王子の部屋に…?

彼は、以前にもチャンバが
王子を訪ねていたことを思い出している。
もちろん、盟王の私的な相談役が、
その息子に会うのは奇異なことではない。
たとえ問い詰めたところで、
盟王の命によるものである、と
言われればそこまでなのだ。

…だが、今日のチャンバは、
一人ではなかったのである。

いつの間に合流したのか、
フードを目深にかぶって
顔を隠した者たちを、二人連れていた。
三人は揃って王子の部屋に入ると、
何やら密談をしている様子だった。

ヤナガは意を決して、
王子の部屋の扉に近づき、
そっと聞き耳を立てる。

「…ジンジャー・ティールが…。
カトルエピスで…」
「…パドリング体制だ。いや、
ブルドッグの…。大君を直接動かして…」
「ピノグリア大公国…。
ニューグリーン商会とマカロン…」

扉はセインの睡眠を妨げないように、
厚めに作ってあった。
断片的にしか部屋の中の会話は聞こえない。

ヤナガはさらに集中して
聞き耳を立てる。すると。

「マネーブ卿とローガン卿は…。
手はず通りに…」
「チャンバ卿と殿下のご指示に…。
ご心配なく…。お任せください…」

確かにそう聞こえた。

タイム・マネーブ?
それにジョシュ・ローガン?
ヤナガはひそかに脳内で人名録を開いた。

マネーブとローガン。
ディッシュ大陸の北西部、
トムヤム君民国に本拠を持ち、
手広く貿易と商売を行う
「マカロン商会」の客人たち…。

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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