幽玄のサクラガワ修正

「ガラスの仮面」の無双状態 ~鳥見桐人の漫画断面図2~

1、無双状態

バッタバッタとなぎ倒す。

手が付けられない。ゾーンに入った。様々な表現はあるが、何をやってもうまくいく、という状況はある。野球で言えば「どこにどんな球を投げられても打ち返せる」。ゴルフで言えば「最終ラウンドでバーディー連発」。そのような状態は理想だが、それはたまたまではない。キャンプファイヤーで着火したら一気に燃え上がるように、積み上げた材料や着火のタイミングなど、それまでの布石が生きて、「天の時・地の利・人の和」などが必然的に揃った時に生まれるのであろう。

言い換えれば、無双状態である。「〇〇無双」。自分の得意な状況を得て、やりたい放題の者を指して言う言葉。

そのようなことを「真・三國無双」をプレイしながら思った。三国志のゲームと言えばシミュレーションゲームだけだと錯覚していた俺たちを、このゲームは見事になぎ倒してくれた。神懸った「無双状態」の武将たちが、戦場をまるで無人の野の如く駆け回るゲーム。「この手があったか」。みんなが虚をつかれた。誠にこの世は、新鮮な驚きに満ちている。

「無双と言えば…」

俺は夢想する。

『ガラスの仮面』で、無双状態のシーンがあったな…」

2、ガラスの仮面

俺はゲームで疲れた目をそっとなでると、家を出た。

行く先は「てなもん屋」。旧友が経営する漫画喫茶である。ちょうど腹も減った。気になるシーンをもう一度読みたい。ちょっと疲れた時に読みたいシーンがそこにあった。

ガラスの仮面。美内すずえさんの超大作漫画。テーマは「演劇」である。演劇を漫画で扱った作品と言えば「鈴木先生」「まくむすび」などもあるが、古典の域に達していると言ってもいい、この作品は外せない。

タイトルからして衝撃だ。ガラス。仮面。真の自分ではない。しかし、演劇に出る者は、みんな仮面をつける。そのように想起させる見事なタイトルだ。ガラスというのがいい。透明もあればスモークさせたものもある。割れやすいものもあれば、なかなか割れないものもある。防弾ガラスは、銃弾を受けても壊れない。

いや、演劇でなくても、この世に生きる者はすべて仮面をつけているのかもしれない。「学生」という仮面。「会社員」という仮面。「配偶者」という仮面。「親」という仮面。そして「男やもめ」という仮面。厚い薄いはあるけれど、生まれた時と死ぬ時以外は、仮面をつけている。いや、生来の演技者であれば、生まれた時と死ぬ時にも仮面をつけているかもしれない。人生は舞台とも言うからな。

俺は、たくさんの仮面をつけては外し、時には割ってしまったこともあったな…。

そんな愚にもつかないことを考えていると、いつの間にか店の前にいた。

3、「毒」のオーディション

「よっ、相変わらず暇そうだな」

店にいた旧友に声をかけると、奴はムッとした表情でたたみかけてきた。しかし内心、知った顔が来たので喜んでいるのかもしれない。

「…いいんだよ。うちは暇なお客様が来る店なんだから。古代ギリシアにはな、暇はスコレーと言ってな、あらゆる学問を生み出してきたんだ。スクールの語源だよ。本当はこの店を『スコレー屋』と名付けたかったんだが、コスプレ屋やスコップ屋と間違えられそうだったからやめたんだ」

世界史は奴のゾーンである。はまり込むと出られなくなるので、俺はぶった切って簡潔に返す。

ガラスの仮面のオーディション、どこだっけ」

「あれか。文庫版なら14巻だな」

これで通じる。持つべきものは漫画読みの友達だな。俺は礼を言って、奴が取り出してきた14巻を受け取り、読み始めた。

登場人物は演劇の天才。向かうのはオーディション会場。そこにはたくさんの候補者がいるが、ここで彼女は「無双状態」に入る。つまり、バッタバッタと他の候補者をなぎ倒していく。ひと昔前の朝ドラのような展開がこの漫画の売りだが、このシーンには悲壮感のかけらもない。ただただ圧倒的な演技力と発想力を、読者は見せつけられる。ああ、この彼女は本当に演劇が好きなんだなと思わせる。ここまででも演劇好きエピソードはお腹一杯味わっているのだが、再確認させられる。

ここで凄いのは、読者にこの「お約束の」展開を、ちっとも「嘘くさい」と思わせないことである。彼女の天才性は、ここまでの展開で十二分に表現されてきた。しかし、タイミングがずれたり、掛け違いがあったり、強力すぎるライバルがいたりして、その才能を発揮することができなかったこともある。要するに「不遇」の状態。それを打破するために臨むオーディションである。

相手は「真・三國無双」の敵兵士ではないが、要するにモブのザコキャラ。これまで多くの難敵と渡り合ってきたこの登場人物であれば、無人の野を駆け回ってくれるだろう…。でも、もしかしたら失敗するかも…。その安心と心配が入り混じる読者を、美内すずえさんは最高の形で報いてくれた。圧倒的勝利。野球で言えば、5回コールドゲームどころか、1回に100点を取って相手チームが試合放棄を申し出るような感じ。『毒』という課題テーマもいい。素は明るい彼女が、ここでは悪女に豹変する。鍋を煮込むパントマイム、調味料に見せかけた「切り札」を取るその仕草。審査員でなくても、その表情に、その世界にひきずりこまれる。その後の課題でも、無双状態は続く。はっきり言ってやりすぎだ。だが、そこがいい。それでいい。

読み終えた俺に、旧友が声をかけてきた。奴もこのシーンを語りたくて、うずうずしていたな。ぱらぱらといる他の客に迷惑をかけないよう、スタッフ控室で会話をかわす。

カタルシスという言葉がある」

奴はもったいぶって話し始めた。

「ギリシア語で、排泄とか浄化とかいう意味だ。文学や演劇、もちろん漫画などを味わう際に、その世界へ感情移入するだろう? そこで日常生活の中で抑圧されていた感情が解放される。快感がもたらされる。これだ」

「…このオーディションのシーンは、カタルシスに満ちているな」

「それよ。どんなストーリーであっても、どんな表現であっても、鑑賞する人にカタルシスを味わわせることができるか、それがポイントだ。そもそも『演劇』『劇中劇』を取り込んだ時点で、この漫画はカタルシスを味わいやすいんだがね。もちろん、あえてカタルシスを与えないという手法もあるけど、ここでは全開だ。このオーディションに臨む決意の表情。自分を活かせるのは演劇しかないという決意。いつもながらの演技に入る前のドタバタ。そして、演技に入った途端の豹変」

「…読者からすれば『キタコレッ!』『よっ、待ってましたっ!』という感じだよな」

「相手の雑魚っぽさの表現も素晴らしい。当たり障りのない演技で及第点を取る。演劇なのに歌を歌って失敗したりする。まあ、あるよね、という普通の人の反応。それを置いてからの、圧倒的な演技。ためてからの勝負仮面。奴は天才だぞ!という周囲の反応。それと対比させて、古くから才能を知っているキャラの『まあ当然だよな』という反応。その『お約束』に、読者はこの上もないカタルシスを感じるんだよな…」

奴の饒舌が終わりそうにないので、俺はあえて腰を折る。

「…ところで腹が減ったんだけど、今日のランチを注文していいか?」

奴はにやりと笑って言った。

「今のお前にぴったりだ。今日はてなもん屋名物の1つ、シチューランチ」

「シチュー。…毒は入ってないよな?」

(つづく。「紫のバラの人」という仮面もいいですよね)

4、ぜひお読みください!

いかがでしたでしょうか。

今回は不朽の名作「ガラスの仮面」より「オーディション」の場面を取り上げました。既読の方は「ああ、あそこね!」、未読の方は「ふーん」という感じだと思います。このシーン、ここだけ読むとカタルシスが半減しますので、ぜひ1巻から積み重ねた上で読んで頂きたいものです。前回と同様、できるだけネタバレを避けるよう、登場人物の情報は抑え目にしました↓。

文庫版のこの絵、いいですね! 毒を持ってる!

なお、作中に出てきた漫画を2つ↓。

武富健治さんの「鈴木先生」です。10巻あたりになると、演劇論がけっこう前面に出てきます。演劇部とふつうのクラスでの演劇指導の対比もいい。教師という職業も、言うなれば「ガラスの仮面」をつけて働いているようなものですよね。

保谷伸さんの「まくむすび」は、最近の作品でヤンジャンで連載中(2019年9月現在)ですが、高校演劇をどストレートに描きつつ、かつ主人公は役者ではなく脚本・演出担当という変化球を混ぜています。いま、最も勢いのある演劇漫画ではないかと思います!

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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