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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』67

2、とんぼ帰り

試合が終わったその翌朝。
三人は、宿舎で
イナモンの報告を聞いている。

「結論から言います。
あの方は、盟王陛下ご本人である、
と思われます」

彼の言葉に、三人の女性は息を呑んだ。

「残念ながら、始球式の後にすぐに
球場から姿を消されたようで、
ご本人にお会いすることは
かないませんでした。
デローア大君陛下はいらっしゃいましたが、
厳重な警備が敷かれており、
直接のお目通りはできません。

私は、会場の関係者と思われる方たちに
接触して、聞き込みをしました。
あの大君陛下と
談笑していた方はどなたなのですか、と…」

「…その結論が、父上じゃ、と
卿は言うのか?」

「ええ、どうも陛下はお忍びで、
この国までいらっしゃったようです。
関係者の方たちも、詳しくは
素性をお知りにならないようでした。

仮にこの国の者なら、
もっと情報が得られても良いでしょう。
しかし、私が聞き取りをした方のほとんどが、
あの方のことをよく知らなかった。
知らなかったということは、大君陛下と、
その周りのごく一部の方だけの知人だ、
と想定されます。

その筋から調べてみたところ、
『異国から来たらしい』
『野球にとても詳しいようだ』
『身のこなしが元野球選手っぽい』
などの証言が得られました」

「ふむ、となると、やはり盟王はんやな。
けど、なんでこんな遠くまで来はったんや?」

「デローア大君陛下に
『直接の対面で』会う必要があった、
ということでしょう。
手紙のやり取りだけでは済ませられない、
何か重要なことを話すために…」

三人は顔を見合わせた。
何かを思いついたのか、
今度はロッカが質問してくる。

おずおずと、ではなかった。
はっきりとした口調で。
二人の異能の姫たちに挟まれているせいか、
おさげの髪の小間使いは、意見や疑問を
臆せずにぶつけられるようになってきている。

「国内が穏やかでないこの時期に、
わざわざ国を離れて
こちらにいらっしゃったとすれば…。
もしや、盟王陛下はこのトムヤム君民国と、
何らかの外交交渉を
されたのではないでしょうか?
条約を結び、貿易を振興させていく。
その下ごしらえでは…?」

ほう、鋭い。
さすがはミシェルとランプの小間使い、
言わば一番弟子だけはある。
イナモンは内心でうなずきつつも、
口に出してはこう言った。

「…いずれにせよ、私が得た限定的な情報から
考える推測に過ぎません。
一刻も早く、ご本人を探し出して、
直接、お話をしてみるしかないでしょう」

「当てはあるのか、父上の行き先に?」

眼鏡の坊主頭の男は、深くうなずいた。

「関係者の一人から聞き出しました。
この後、ミックススパイス島に
用事があって向かうようだ、と。
かの島の北端『ラム岬』という場所に
行くとおっしゃっていたそうです」

「ラム岬…? また遠い所やな。
海でも見ながら、人生を見つめ直すんやろか?」

ロッカがすぐ、駱駝姫につっこみを入れる。

「ここは港町ですよ?
いくらでも海はある、と思うのですが…」

「岬から見る海は、また格別っちゅうこっちゃ。
まあ、何かあるんやろな、そこに」

他国の姫が発したぼけに、
すかさずつっこみを入れている。
成長したロッカに目を細めつつ、
イナモンは言った。
難しい顔をして考え込んでいる
ココロン姫に向かって。

「…姫、すぐに参りましょうぞ。
ミックススパイス島のラム岬へ。
思案の前に行動です」

「うむ、そうしよう。
実際に会って、話してみる」

ここで、パンナが意外な申し出をしてきた。

「ほな、うちはここまでや。
後は、あんさんたちだけで行くとええ」

「え、あんたは行かないの?
てっきりついてくるのかと思ったのに…」

「…なんや、ココロン。
うちがおらんと、寂しいんか?」

「せいせいするわ」

「ふん、本当は寂しいくせに。
…イナモンはん。
うちは、ちょっと野暮用があってな。
連れてきてもろうてなんやけど、
こっからは別行動にしよか。
ここまで、おおきに」

今度は、ローズシティ連盟の
三人が顔を見合わせる。
この駱駝姫の言動を覆すことが
限りなく難しいことを、
三人はすでに知っていた。

「うちのことは、心配せんでええで。
帰りもマカロン商会の
皆さんに頼むから、安心安全や。
あんさんたちは、好きなだけこの国に居て、
好きな時に国に帰ったらええ。
盟王はんにうまく会えることを祈っとるで。
ほな、さいなら!」

風のように去ろうとするパンナを、
ココロンが呼び止めた。

「…あまり、無理はしないでね。
あなたの身に何かあったら、
大公陛下やリーブル殿下に
申し訳が無くなるから」

駱駝色の髪の姫は振り向くと、
心配無用、とでも言うように、鼻で笑った。

「その言葉、そっくりそのまま返したる。
まあ、うちは大丈夫や。
いつものように、うまくやる。
それよりうちは、あんたのことが心配や。
ラム酒かラムチョップか知らんけど、
そのなんとか岬で、しっかりと
人生を見つめ直して来るとええで!」

そう言うと、ロッカに向かって
意味ありげにウインクを一つして、
部屋から出ていった。
銃弾を浴びたかのように、
ロッカは目をぱちぱちさせている。

宿舎から出たパンナは、
通りをずんずん歩きながら考えている。

…頼むで、ロッカ。あんただけが頼りなんや。
あの野暮天で気にしいの優等生と、
分かっていながら分からん振りをしとる
眼鏡坊主はんを、
うまいことくっつけるんやで…と。

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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