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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』66

「おっ、そろそろ始球式のようや。
見とれよ。
とんでもない大物が現れるで!」

歓声が、ひときわ大きくなった。
人々に手を振りながら現れたのは、
五十代くらいだろうか、
一人の中年女性である。

観客が総立ちとなる。
四人もそれにならう。

「ガレット・デローア大君(たいくん)陛下や。
…この国で一番偉い人やで!」

「…!」

トムヤム君民国の最高権力者が、
ベースボールの始球式を行うのか!
三人は目を白黒させた。
そう言えば目立たない形で、護衛のためか、
多くの衛兵たちが大君の周りにいる。

「この国はな、文字通り、
君主と民衆が一体となることを重視する国や。
スタジアムはその象徴の一つ。
選挙や議会と呼ばれる政治の仕組みも、
うちらより整っとる。
…どや、ココロン。色々と参考になるやろ?
こういうのを活かしていかな、あかんで?」

「…ええ、その通りね」

素直に認めるココロンに、ますます
勝ち誇った表情をするパンナであった。
その姫君に、ロッカが質問する。

「大君、であって、
女王、ではないんですね?」

「そや。この国の君主は、代々、
血統でつながれているわけやない。
人気と権威を持つ者が、
議会を通して認められて、
『大君』、国の代表として就任するんや。
実際の政治は、議会で多数の
議席を持った集団が中心になって行う。
そもそもは、ミックススパイス島の
北部のあたりで行われた政治の仕組み。
それが、この国でも
取り入れられていったそうなんや」

「となると、あのデローア大君陛下も?」

「うちの留学先、カプサ学校で
政治や法律を勉強して、
長く議員として活躍していたお方や。
文武両道で、野球選手として
活躍したこともあったそうやで。
だいぶ大君の地位について長いようやけど、
まあ、治世は安定しとる。

そうそう、今日は『君覧試合』なんや。
陛下もご覧になる試合やから、
さぞや選手たちも気合いが入っとるやろ」

元は野球選手でもあったと聞いて、
ココロンが目を輝かせる。
デローアが始球式で投じた球は、
その選手時代のものとはかけ離れた、
緩やかな山なりの投球ではあったが、
それでもストライクの投球であった。

観客は、彼女に大きな拍手を贈った。

席に座り直した四人は、
改めて試合前の臨場感と
高揚感に包まれた球場を見渡す。

その時である。

ココロンが「えっ!」という声を上げた。
何事か、と彼女の顔を見る三人。
彼女は震える手で、ある方向を指差す。

その先には。

三人も同時に「えっ!」と驚きの声を上げた。
大君デローアと、何やら親しげに
話している長身の男性がそこにいた。
五十代の体格の良い、伊達男。
まさか。まさか…?!

その姿はどう見ても、
ドグリン・イッケハマル盟王、
その人だったのである。

「な、なんでこの国にいるんや、
盟王はんが?
あんたらの国も、けっこう騒がしいんやろ?
こんな所で遊んどってええんやろか?」

パンナのつっこみに、三人とも答えられない。
全く同感だ。
いくら神出鬼没の盟王とはいえ、
連盟からはるかに遠く離れた
カトルエピスに出没するとは、
彼らの想像を超えていた。

「…いや、さすがに父上ではないじゃろう。
そっくりさん、なのではないか?」

ココロンの言葉にロッカはうなずいたが、
イナモンは考えを巡らせている。
遠目に見えるあの男は、
どう見ても盟王陛下本人である。

つかみどころのない、抜群の行動力を持つ男。

その陛下が、ただ遊びに
来ているわけではあるまい。
となると、陛下の目的は…。

「私が、確認して参りましょう。
姫はパンナ姫とロッカとともに、
この席にいらっしゃってください。
陛下によく似た別人なら、それで良し。
もし、そうでなければ」

「そうでなければ?」

「私が連盟と大公国の現状を報告して、
帰国していただくように進言して参ります」

イナモンは、エーワーン家の
大貴族の当主にして、盟王の腹心である。
娘の私が言うよりも効果はあるだろう。
ココロンはそう判断して、
イナモンの申し出を許した。

彼はにこりと笑うと、
盟王の娘を安心させる。

「ベースボールの本場のプレーを
目の当たりにできる、絶好の機会ですぞ。
姫におかれましては、試合から
ひと時も目を離しませんように。
報告は、とりまとめた上で、
翌朝にいたします。
今夜は遅くなると思いますので、
試合が終わったら宿舎にお戻りくださいませ」

「…頼んだぞ」

二人は視線を交わし合った。
イナモンは、素早く観客席から姿を消した。

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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