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長編小説『凸凹バラ姉弟 ミシェルとランプ』1

プロローグ:カトルエピスの港にて

ディッシュ大陸の北西部。
この地方にあるカトルエピスの街は、
有数の港町である。

世界各地から、様々な物産が集まってくる。
西の海に浮かぶミックススパイス島の
香辛料や綿製品、南の砂漠を越えた
隊商たちがもたらす魅惑的な宝石、
北の海域で取れる新鮮な海産物、

それらが積み下ろされては、
新たな積み荷として運ばれていく。

海に近い公園である。ベンチに座り、
色とりどりの帆を張った各商会の船を
ぼうっと眺めていた男が立ち上がった。

船便の乗船時間が近づいている。
乗り遅れてはいけない。

「よっ、そこの片眼鏡の旦那!
色男! 一つ、お土産にいかがですか?」

港のある街には、市場がつきものだ。
このカトルエピスも例外ではない。
海沿いの広場には、異国情緒溢れる
商品が並べられていた。

男は、商人の声掛けに足を止めた。

「ほう、ローズシティ連盟産の香水かな…?」

にこにこと笑みを浮かべた商人から、
彼は、言われるままに
見本の瓶を手に取った。

手を動かし、香りの風をそよがせる。
バラのかぐわしい芳香が、鼻腔をくすぐる。

「ね、素晴らしい香りでしょ?
かの国の港、ダマクワスから
輸入された上物ですよ!」

「…ずいぶんと高いようだな」

「えっ、そうですか?
でもその分、品質は最高級です。
何しろ本場の舶来品だ!」

「まあ、今回はやめておこう」

男は、見本の瓶をあっさりと返す。
獲物を逃した商人は、
心底、残念な顔をした。

「万里の波濤を越えてきた逸品なのに!
この機会を逃したら、いつ買えることか…」

「ああ、その点は、心配ない」

男は、にやりと笑って答えた。
片眼鏡が、きらりと光った。

「なぜなら、私はこれから海を越えて、
そのローズシティ連盟に向かうのだから」

肩をすくめ、首を振る商人と別れると、
男は足早に船着き場へと向かった。

大きな歓声が聞こえてくる。

そちらの方角を見た。
港のすぐそばに作られた、大きな球場が目に入る。
ジンジャー・スタジアム。
この国で盛んな『ベースボール』の
試合が行われているようだった。

この球場を作るために尽力したのは、
ジンジャー・リリアという一人の女性だ。
彼女は、ここカトルエピスだけではなく、
各国、各都市を回り、
ルールに則った「球技」や
「競技」の大切さを広めていった。

お互いを尊重し、武器を持たず、
血を流さず、平和裏に技を競い合う。
彼女が唱えた斬新な「スポーツ」の概念は、
それまで武器を片手に
戦い合ってきた戦士たちの心に、
次第に広がっていった、という。

ベースボールという球技自体も、
彼女の祖父である
ジンジャー・エイルという人物が、
彼の師匠とともに考案した、という説がある。

集団で「土塁」を奪い合う「模擬訓練」が
次第に球技になったという。
使っていた槍は木製のバットに変わり、
投げる土の球は、危険性を低めるため
軟らかい布製のボールへと変わった。

徐々にルールが整備され、
投手が投げるボールを打者がバットで打つ、
現在の『ベースボール』へと
変わっていったそうだ。

…まあ、あくまで俗説、珍説の一つに過ぎない。
何しろ、エイルやリリアが活躍した時代は、
現在の主力の武器である銃砲や火器が
まだ無かった、大昔のことなのだから。

彼は、自分が学生時代に学んだ
「カプサ学校」の講義を思い出した。
その学校では、「歴史」と「地理」を、
特に重点的に学ぶことが生徒に課せられていた。

『ローズシティ連盟は、
ここカトルエピスとは大陸の反対側、
ディッシュ大陸の南東部に位置する。

その国では、バラの生産量が特に多く、
加工品も輸出されている。
文化としては「野球」と呼ばれる球技が盛んだ。
野球とは、「ベースボール」を訳したものである』

…彼は、この『ベースボール=野球』の歴史を、
専門に研究していたのだった。

『連盟とは、一つの専制的な国ではない。
大小の都市国家が同盟を結び、
対外的に一つの国としてまとまっていることから、
そう呼ばれているのだ。

「五大都市」と呼ばれる五つの都市と、
国土の中心にあるオルドローズという
大都市が、その中心である。

この都市国家群は長らく抗争を続けていたのだが、
近年では「盟王」と呼ばれる人物が、
各都市の間を調整し、
仲を取りまとめているために、
政情は安定している、と言われている』

…盟王、めいおう、か。
男は、その耳慣れない呼び名を、
繰り返し唱えてみた。

ローズシティ連盟に着けば、
何度も耳にすることになるだろう。

連盟の中の王。

我が国と異なり、
議会制度もあまり発達しておらず、
厳しい身分制度もまだ残っている、と聞く。

そんな状況の中で、
その盟王とやらは、どんな舵取りを
行っていくのだろうか?

ただし彼は、その盟王の政治の手腕だけに
注目しているわけではない。
その謎に包まれた盟王の正体を明らかにしつつ、
同時に、彼の旧友を手助けするために、
彼はかの国に向かうのであった。

一つ息を吐きだす。

しばらく見られなくなるであろう
故郷の風景をじっくりと目に焼き付けてから、
その男は自分が乗船する船へと走っていった。

#ミシェルとランプ

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