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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』80

頭を深々と下げるココロンに、
盟王は諭すような口調で言った。

「…ココロン。お前は、今、
何を言っているかわかっているのか?
これはお前だけの問題ではない。
国と国との問題である。
これまでの準備もある。
先方との話もついている。
今さら辞退などできないことを、
お前自身が一番、よくわかっているだろう?」

これまでのココロンなら、
父親に言われるがまま、
運命を受け入れていたことだろう。

だが、今の彼女は違う。一人の人間として、
これからの自分が進むべき道は何か、
考え続けてきた。
『ミシェルとランプ』の校正。
その過程を通じて、自分の凸凹は何か、
何が大事なのか、何がしたいのか、
それがはっきりと見えてきているのである。

「ならば聞こう。お前は、
この結婚を辞退して、何になりたい。
何がしたいんだ?」

父の重厚な問いを、
娘は、ばっさりと斬って落とした。

「トムヤム君民国の
ジンジャー・スタジアムでも通用するような、
国外でも立派に活躍できる
野球選手を育てたい、と思っております」

ロッカは、いいぞ、全部ここで
吐き出しなさいまし!と、心の中で声援を送る。

「そのためにまず、私自身が
この国の球界に挑戦したいのです。
自分が野球選手として、
どこまで高みに登れるのか、試してみたい。
その経験をローズシティ連盟に還元し、
次なる挑戦者を生み出す。

父上。私は王族の姫だからこそ、
チャンバ卿、タスクス卿、イナモン卿、
ローガン卿、マネーブ卿と、
最高の指導陣に囲まれて、
自分の技量を高めることができました。
その恩恵を、野球を愛するすべての者に届けたい。
…ローズシティ連盟だけでなく、
他国でも活躍できるような道を、
野球を愛する者たちのために
開いていきたいのです」

「…それは、王子の妻、妃の身では、
できないことなのか?」

「はい、できません。率先垂範。
まずは自分自身が挑戦して、
壁を壊していきます」

沈黙が、資料室に流れた。
デローアは興味津々、といった顔で
父と娘の対決を見つめている。
永遠に続くかと思われた静止画。

それが動いた。
…動いたのは、教育係だった。

「イナモン様、ご無礼します!」

ロッカは急に、どん、と
イナモンの背中を
勢いよく押し出したのである。

不意を突かれてイナモンは、
思わず前につんのめったが、そこは捕手だ。
バランスを取って体勢を立て直す。
倒れ込むことなく足を踏ん張り、
立ち上がった。その立ち上がった場所は、
ちょうど盟王とココロン姫の中間地点。
火花のぶつかる戦場の真っただ中であった。

前教育係は、現教育係をじろりとにらむ。
ロッカは心底すまなそうな顔をしながら、
ぐっと拳を握った。…わかったよ、ロッカ。
イナモンは、覚悟を決めた。

「…盟王陛下。姫の前教育係として、
また、イッケローズ商会の新会長として、
申し上げたき儀がございます。
よろしいでしょうか?」

ひざまずかずに立ち上がったまま、
盟王に向かって言った。
生まれついての貴族が、主君に対して行った、
初めての無礼とも言える。
姫の気迫が乗り移ったのかもしれない。

「姫の野球の実力は、
国内でも並ぶ者がおりません。
姫がどこまでトムヤム君民国の球界で
活躍できるのか、私も見てみたい。
そう思っております。

ましてや、新生ピノローズ帝国と
トムヤム君民国とは、
これから貿易を振興させて、
ますます結びつきを強める間柄。
ローズシティ連盟出身の姫君が、
国を飛び出して、世界に挑戦する。
これは両国の友好の礎となり、語られ続ける。
この上ない宣伝効果が生まれましょうぞ!」

ココロンの目に、ぶわっと涙があふれた。
感謝の涙だ。
…不平不満を言わずに、
黙々と練習に明け暮れてきた姫。
隣国の王子との政略結婚も受け入れてきた。
そんな彼女が反乱を起こして、自立を宣言した。
イナモンの言葉は、
百万の援軍を得たような心持ちだった。

盟王は、姫と腹心の
「反乱」を黙って見つめていた。
やがて、耐えきれなくなったのか、
肩を震わせ始める。…怒りではなかった。

身体の底からこみ上げてくる喜びであった。

「いいな。ああ、実にいい!
そうだった。ココロンは、俺とお前たちが、
手塩にかけて育て上げた、
連盟随一の野球選手だったのだ。
俺は、そのことをすっかり忘れていたぞ。
王子の結婚相手、という以前に、
一人の人間であり、
一人の名選手であることを、な!」

盟王は、ココロンの肩をぐっとつかみ、
大きくうなずいた。

「ようし、ココロン。許す。
やれるところまでやってみろ。
やりきったら、次世代の選手を育てるがいい。
これは、お前に対する最後の命令である」

「はい。…はい! ありがとうございます。
父上。ありがとうございます…」

盟王は、イナモンに向き直った。

「イナモン。よくぞ言ってくれた!
言われてみればその通りだ。
子細はお前に任せよう。
ココロンの挑戦を、後方で
しっかりと支援するがいい。
…ただし、だ」

盟王はそこで言葉を切ると、
三人をぐるりと見渡して、言った。

「リーブル王子との結婚の辞退により、
ローズシティ連盟と
ピノグリア大公国との間に、
亀裂を生じることだけは断じて許さぬ。
王子と姫との結婚に代わる、
新たな結びつきの提案を考え、実行せよ。
これはお前たちの責務である。良いな!」

難題である。
だが三人は、必ず解決しよう、と心に誓った。
盟王の威に打たれ、
三人は一斉にひざまずいて頭を下げると、
資料室を退室していった。

…後に残った盟王は、ふう、と
一息吐き出して、椅子に座り込んだ。
しかしその表情は、どこか嬉しそうだった。
観客に徹していたデローアが、彼に声をかける。

「…ドグリン、前途ある若者たちが
育ってきているじゃないか。ええ?」

にやりと笑顔を大君に向けて、盟王は答えた。

「ああ、大陸の南東部、地の果てまで、
はるばる『旅』をした甲斐があったぜ…」

その謎めいた言葉は、
ラム岬の彼方へと消えていき、
三人の耳には入らなかった。

(公開する連載分は、これで終わりです。
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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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