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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』79

8、立ち上げと立ち上がり

イナモンも、すでに気付いている。
カルダモン商会の「幽霊館長」こと
カルダモン・カフィーこそが、
二つの国に起こっている混乱の
元凶であることを。

「今までは大目に見てきたが、そうはいかん。
奴らは商売のために、平気で人を陥れる。
商会なのだから、
多少は権謀術数も使うだろう。
それが正当な商取引の範囲の中なら、
俺も何も言わんよ。

だがな、奴らは違う。

自分たちは表舞台に姿を現さず、
ベンチの裏でこそこそ隠れて、
各都市に流言飛語をまき散らす。
いたずらに国を混乱させていやがる」

デローアが、言葉を継いだ。

「ドグリンはね、マカロン商会、
ニューグリーン商会と組んで、
カルダモン商会を大陸の南東部から
追い出すことに決めたのよ。
トムヤム君民国との取り決めの中に、
その条項を入れる。

さすがの私も、自分の一存では決められない。
これほどの大事は
議会に諮らなければいけないからね。
だからこそ保証のために、
この国に連絡係を置け、と条件をつけたの」

三人は顔を見合わせた。イナモンが問う。

「…カルダモン商会の本拠地は闇の中。
当のカフィーは行方知れず。
末端の商館員を締め上げても、
証拠は出てこないでしょう。大義名分がない。
どうやって追い出すのですか?」

「…そこが細工のしどころさ。
どうだ、ロッカ?
どうやるのか、わかるか?」

再び、盟王はロッカを指名した。

彼女の顔を横目で見たイナモンは、
一瞬、自分の目を疑って、思わずこすった。
ロッカの横顔が一瞬、
バラ姉弟のミシェルに見えたのだ。

「幽霊館長は、大陸の
南東部における総責任者。
ですがあくまで地方の指導者であり、
商会全体の総責任者ではございません。
あくまで本部はこちら、大陸の北西部にある。
カフィーが頭の上がらない唯一の存在。
それは、カルダモン商会『本部』の会長。
とすると…」

イナモンは思わず膝を打ち、
声を上げてしまった。

「なるほど! トムヤム君民国の
デローア陛下から、
カルダモン商会の本部の会長に
圧力をかけていただき、
幽霊館長の首を斬るのか!
…すごいな、よく分かったな、ロッカ!」

照れ臭そうにおさげが揺れて、
彼女は笑顔を見せる。
盟王が感心したように言った。

「その通り。新生ピノローズ帝国は、
マカロン商会、ニューグリーン商会と
手を組んで、カルダモン商会を追い出す。
このデローア大君、
トムヤム君民国の力を使って、な」

「…しかしながら、父上。
カルダモン商会を追い出してしまうと、
成り立たなくなってしまう商売も
あるのではございませんか?」

ココロンが疑問を呈すると、
にやりと笑って盟王は答える。

「ああ、そこは心配ない。
商会を一つ、新しく作ればいいんだ。
他ならぬ、俺たち自身でな。
カルダモン商会が行ってきた商売を、
そっくりそのまま引き継いでいく」

「自分たちの商会、ですか…?!」

「名前も決めてある。
『イッケローズ商会』だ。
俺の名前の一部と、
連盟、新帝国の名前の一部から名付けた。
すでに大公たちの同意も内々に得ている。
どうだ、イナモン?」

「…このエーワーン・イナモン、
感服の極み。言葉がございませぬ!」

心の底から彼は言った。
元監督、元名将のチャンバと盟王陛下なら、
先の先まで読んで情勢を動かしている
と思っていた。だが、
まさかここまで考えて手を打っているとは!

「…おい、イナモン、
言葉が出なくなっては困るぞ?
イッケローズ商会の新会長が」

思いがけぬ盟王の言葉を聞き、
彼は、耳を疑った。

「新しい商会の総責任者、
新会長はお前に任せる。
大貴族の当主で、貿易にも詳しいからな。
何よりも視野の広さは、家臣の中でも随一だ。
本国とトムヤム君民国の架け橋となれるのは、
お前しかいない。
盟王の名において任ずる。重責を全うせよ!」

そう言うと、盟王はデローアに顔を向けた。

「ちょうど良かった。このイナモンなら、
カルダモン商会の穴を埋めるばかりか、
お前の国に限りない富を
もたらしてくれるはずだ。
我が国で、こいつは一番信頼できる人材だぞ」

「…イナモン卿。
あなたは野球の捕手だそうね。
私もね、捕手を務めていたのよ。
よろしくお願いするわね」

盟王ばかりか、大国の大君から
直々に頼まれたのだ!
イナモンは驚愕するやら驚喜するやら、
心の中を押さえることに必死である。
しかし何とか平静を装い、一礼する。

「この非才の身に余る光栄です。
全力で務めさせていただきます…!」

二人の王者は視線を交わし、うなずいた。
盟王が、まとめるように三人に言う。

「これで話は終わりである。
イナモン、この二人とともに、一度帰国せよ。
無事に送り返してくれよ?
俺はもう少し、デローアと話を詰める。
お前たちが戻る頃には、
国内の大掃除も終わっているはずだ。
ココロンには、
リーブル王子との結婚の準備もあるし、な」

三人は同時に、深々と頭を下げた。…かに見えた。
しかし、頭を下げたのはイナモンとロッカだけだ。
もう一人は顔を上げたままだった。

「…うん、どうした、ココロン。
何かまだ、疑問でもあるのか?」

彼女は、迷っていた。

だが、すでに心を決めている。
迷いを払って、立ち上がった。
ここしかない。ここで言わないと、
この先自分は
一生後悔しながら生きていく、と思った。

「父上。…父上!」

「何か」

「私は…。私は、リーブル王子との結婚を、
辞退いたしたく思います」

ローズシティ連盟の盟王。トムヤム君民国の大君。
大貴族の当主。元小間使いの教育係。

四者四様の表情で、姫の顔を見つめた。
盟王は口を開けた。大君は眉を上げた。
大貴族は動揺した。しかし教育係だけは、
よくぞ言った、姫!と、会心の笑顔を浮かべている。

「リーブル王子は、本当に素晴らしいお方。
ですが、私にはあのお方の妻となり、
妃となって、その後の一生を過ごす想像が
どうしてもできないのです。
申し訳ございませぬ…」

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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