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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』50

「…姫様には、私にも心の中のすべてを
明かさないところがおありです。
頑張り過ぎ、と言えば良いでしょうか。
自分のことよりも、全体のことを
考えて行動されると言いますか…」

直球で聞かれたので、
ついそのまま答えてしまったのだが、
ロッカは表情を改めた。

「ですが、ご立派な態度だ、と思います。
王族とはかくあるべき、とも思いますので」

「ほうか。ほんならええ。それも一つの選択」

パンナは海を見ながら、
独り言のように言った。

「うちは、この国をもっと豊かにしたいんや。
合わせて、ロッカたちの国も豊かにしたい。
もし、うちが王子やったら、
兄上に代わって大公、いや、
皇帝にでもなって、思う存分に
みんなのために働きたかった。

少しでも兄上の治世に役立てるようにと、
うちは、はるか遠くの
トムヤム君民国に留学して、
人事を学んだんや。
結局のところ、いかに
自分自身がやりたいことができるか、
民のためにその環境を整えられるか、
それが大事やと思ったからな。

…さっき、ココロンは
全体のことを考えて行動する、と言うたな?
もちろん兄上と結婚して、
妃として支えるのもええこっちゃ。
ただな。本心を隠して、
やりたいことをやらずに
残りの人生を過ごしていくのは、
けっこう辛いもんやで? そうは思わんか?」

ロッカは理解した。
しかし、環境に恵まれたパンナ姫が
そう言うことに反感を持った。

「確かにあなたは、やりたいことを、
やりたい放題にしていますからね。
ですが、そういうことが
できる人ばかりではない、と思いますが…」

ロッカは、つい反撃してしまった。
他国の姫に対して無礼では、と
すぐに思ったが、
どうもこの姫には王族らしさが感じられず、
そんな口の聞き方が許されそうな雰囲気がある。

パンナは、全く意に介した様子がない。
ただ、淡々と答えた。

「…ロッカの言う通りやな。
今のうちがやりたい放題にできるのも、
うちが大公の娘として生まれたからや。

でも、だからこそうちは、
みんながやりたい放題に
夢を追いかけられるような国にしたいと、
そう思うとる。

もちろん、誰もがわがままに、
自分のやりたい放題にやったら
争いが起きるやろ。
そうならんように、国を富かにして、
法律を整え、だめなものはだめだと
悪事を未然に防いで、
少しでも多くの人が人生を
悔いなく過ごせるようにしていきたいんや。

だからうちは、
人と人とのかかわりの方法、
つまり、人事を学んできた…」

海を見つめる姫の目は、
方角は違うが、
以前の留学先を見つめているようだった。

「カトルエピスはな、
ボジョンヌよりも、ダマクワスよりも、
もっと大きい港町なんや。

トムヤム君民国だけやないで。
西の海の向こうのミックスパイス島、
東の山の向こうのユイチスタン、
南国の港クシカッツ、
北の雪国から大陸中央部の砂漠まで、
様々な場所から
色んな考えの人間が集まっとった。

楽しかったで!
うちは、この国全体をあんな街にしたい」

「…あの、パンナ様は、
ご結婚はされないのでしょうか?」

別の方向から攻めてみる。
もしリーブルとココロンが結婚したとしても、
パンナが独身の「小姑」として
口出しをがんがんしてきたら、
何かとやりづらくなるだろう。

「へ? うちか? あかんあかん。
こんなんと一緒になったら、
相手が迷惑やで。
でもなあ、強いて言うなら、
気になる奴は一人おったな」

「どなたですか?」

「ジンジャー・ティールっちゅう奴や。
と言っても、一回も会うたことは
ないんやけどな。

留学先やったカプサ学校の人事師範や。
奴の論文をいくつも読んだんやけど、
そのたびにうちは
心を奪われそうになった。
惚れたと言ってもええ。
こんなにも人の心、機微を読みつつ、
しかもそれを人事施策や政策に
昇華できる奴がおるんや、と思った。

でもな、けっこう探し回ったんやけど、
煙のように正体がつかめんかった。
架空の人物かと思ったくらいや」

この駱駝姫が探し回って
見つからなかったのならば、
本当に架空の人物なのかもしれないな…。
ロッカは、そう思った。

「ま、うちのことはええ。
で、ロッカはどないなんや?
気になる男が、いるんやろ?
まさか聞くだけ聞いて、
自分のことは話さないわけやないやろな」

「え! わ、私なんてそんな…。
いや、そんな」

まずい。やぶから蛇、
いや、駱駝が出てきた。
この姫の猛攻を耐えきれるだろうか?

絶望感に襲われた瞬間、彼女の視界に
一隻の希望が飛び込んできた。
パンナに勢いよく言う。

「あ、あれだ! 黒いバラの旗の船。
さあ、パンナ様、あの船に
イナモン卿が乗っておられるようですよ。
船着き場へ急ぎましょう!」

うまくあしらわれたパンナは
短く苦笑すると、
ロッカに続いて、はしごを降りた。

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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