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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』51

2、修学旅行と引率者

眼鏡をかけた坊主頭の大柄な男が、
すらりとした長身の姫と再会を果たした。

「エーワーン・イナモン、
姫をお迎えに参上いたしました」

「うむ。大儀である!」

短い言葉の中に、隠しきれないほどの
感謝と感激と感動が混じっている。
イナモンはにこりと笑うと、
つとめて明るくこう言った。

「姫のほうこそ、お役目、
立派に果たされましたな!
慣れぬ異国の地で、
さぞやお疲れだったでしょう。
船の中で、少しお休みなさると良い。
さあ、ロッカも」

二人を先導して
船へと入れようとした彼は、
後ろに立っていた
駱駝色の髪の女性に目を向けた。

彼女のそばに走り寄ると、一礼する。

「お二人をお守りいただき、
盟王に代わり、お礼申し上げます。
シャー・パンナ様」

「うちは何もしとらんで!
ただ、大公の代行、
リーブルの命で見送りに来ただけや」

ことさらに大きな声で言うと、
そっと手招きした。
かがみこんだ彼の耳にささやく。

「…このまま、うちを
連れていってくれんやろか?」

目を見開いた彼に向かって、微笑みかける。
半瞬ほど考えた後、彼は大声を上げた。

「おお、そうだ。今度はパンナ姫に、
我が国の誇るバラの花々をお見せしましょう!」

驚くココロンとロッカを横目に、
パンナもあえての大声で応じた。

「それはええな! 船賃は、
大公代行より預かった、
逸品のワイン十本でどないや?」

「これはこれは、何よりのお土産だ!
必ずやイッケハマル盟王陛下に
お渡しいたそう」

即興の笑顔を交わし合った二人は、
船に乗り込んだ。
ココロンとロッカは顔を見合わせる。
イナモンは何を考えているのだろう?
先に乗り込んだパンナが、
ココロンに言った。

「と、いうわけや、
もう少し同行させてもらうで。
万事、よろしゅうに!」

ココロンは、パンナをじろりとにらんで言う。

「…誰も、あんたなんか呼んでないんだけど」

「そんな、つれないこと言いなや。
一緒にトランプで遊んだ仲やないか。
旅は道連れ、とはよく言うやろ。
今度は、うちの順番。
そちらの国をじっくりと見る番や。
大事なことは自分の目で見るに限る。
これが、うちの信条やねん!」

「ふん、せいぜい迷惑をかけないようにね。
何かあったら、船から叩き落とすわよ」

ロッカは、はらはらしながら
姫たちの言い合いを聞いている。
その光景を横目で見つつ、
イナモンはロッカを手招きした。
泣きそうな顔で彼女が飛んでくる。

「…ちょ、ちょっと、イナモン様!
よろしいのですか、お連れになって?
あの二人、同じ水槽に入れたらいけない
魚のような感じなんですけど!」

「…なあ、ロッカ。
あの駱駝姫、本当に彼女自身の
考えだけで動いていると思うか?」

「えっ?」

「俺は、そうは思わん。
おそらくこれは、
リーブル王子の意向だろう。
ここでな、二つの国の同盟に
隙間風が吹くようなことがあったら、
どうなると思う?」

「…」

「見送りのために、
あの駱駝姫を王子が寄越したのは、
国内と国外に対する見せつけのためだ。
両国が固い信頼関係で
結ばれている、という証さ。

この港にも、間者が
紛れ込んでいることだろう。
『挨拶に来たココロン姫を
ボジョンヌの港から追い返した』。
事情を知らない者から見れば、
そう受け取られるかもしれない。

ほら、ボジョンヌの代官も
じっとこちらを見ているだろ?
ここは、駱駝姫を同行させるほうがいい」

「…あの姫は、大公代行陛下の斥候、兼、
こちらの人質、というわけですか? 」

「うん、その発想は、夜のランプっぽいな。
両国友好の使者、ということにしておこう」

「どう見ても、友好の使者には
見えないんですけれども…」

まだ言い争いをしている
姫たちを見ながら、ロッカは
再び泣きそうな顔になった。

「こら、そんな顔をするな、教育係。
お前が頼りなんだ。
二人の仲をうまく取り持ってくれよ。
俺だって、女学校の修学旅行の
引率教師みたいな気分なんだぞ」

ロッカはそれを聞き、
観念したように目をつぶった。
私はつなぎ、と自分に
言い聞かせているようだ。

ぱっと表情を笑顔に変えて、
二人のところに走り寄っていく。
損な役回りをさせて悪いな、ロッカ…。
そう思いつつも、イナモンは
船長のところに向かった。

「急いでダマクワスへ戻ってくれ」

承知しました、と簡潔に答えて、
船長は船を出航させた。

…この船は、ダマクワスの市長、
アキナスから直接、借りているものだ。
持つべきものは、野球を通じて得た友。
彼は盟王の施策に全面的に協力するため、
便宜を図ってくれている。
元々は盟王の「貿易振興政策」の
協力の証として借りていたのだが、
すぐに、このような
緊急事態の役に立ったのである。

三人の十八歳の娘たちを
船室に案内すると、
三十三歳の「引率教師」は波を眺めた。

…海の上ならば、仮に不届き者がいても
すぐには手出しはできまい。
監督も懸念していたように、
大公に不慮の事態が起こった以上、
ピノグリア大公国に姫を
置いておくのは危険である。

ひとまず海路を使って、
ダマクワスの港まで着けば安心だ。
一息つけるだろう。
あの駱駝姫には、美味しい
バラ風味の紅茶でも飲ませておこう…。

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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