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『金の慈雨、にがし・甘し』ヒスイの青ブラ文学部&シロクマ文芸部

「 「秋が好き」声だけ残る仏前へ
 糸ひく栗の甘みほのかに」ヒスイ


『金の慈雨、にがし・甘し』700字のショートショート


「栗、買ってきた」
リビングに入ってきた夫は、
ドサリとケーキの箱を置いた。

「すげーぞ、行列だったぞ、40分並んだ」
「ありがとう」

いちおうお礼を言っておくけど
この男の言葉は
多少、割引いて聞く必要がある。
話を盛るのが
すきなのだ。
数字はだいたい1.3倍になっている。
だから今日は30分くらい並んだんだろう。

それにしても30分だ。
行列に並ぶのが大嫌いな彼にしては
がんばったほうだ。

すべては、このケーキが大好きだった友人のため。

箱を開けると、なかには
秋の風をまとった
栗のケーキが5個、並んでいた。



極細の絹糸を天からこぼしたような
モンブラン。
秋の金色をこよなく愛した友人は
1年半前の春、しずかに去っていった。

私はいまだに、彼女の不在に慣れない。
夫はいまだに彼女の好物を忘れない。

去年の秋、夫は仕事がえりに突然、
このケーキを買ってきた。
私たちは何も言わずに
涙をひいたような細い栗の雨を食べ、
ほんの少しだけ、
さびしさを乾かした。

今年の秋も、慈雨のような栗の甘みで
私たちの悲しみは
ほんの薄皮一枚ぶんだけ
しずかにはがれていった。


「……どうでもいいけど
 なんで5個も買ってきたのよ?
 うちは2人暮らしよ」
「今日は3人じゃねえか。さくらも食うだろうが」

テーブルの上、ひとつあいたところには
モンブランの皿とフォークが置いてある。
きっと、さくらもいっしょに
秋の甘みを楽しんでいる。

貴婦人がドレスの裾をひいてゆくような
優美な秋の日を惜しむごとく、
いってしまった人をしのぶ
私たちの勝手な悲しみを
しずかに引きはいでいくように、

あなたもきっと
今年の秋を
味わっている。

また、来年も
会いましょう、秋の絹糸よ。

私の親友よ。





「 「秋が好き」声だけ残る仏前へ
 糸ひく秋の甘みほのかに」ヒスイ

【了】(約800字)


本日は 小牧幸助さんの #シロクマ文芸部   と
山根あきらさんの #青ブラ文学部 に
参加しています。



ほんの少しだけ、解説を。

本日の短歌
「  「秋が好き」声だけ残る仏前へ
    糸ひく栗の甘みほのかに  」は
ヒスイ俳句へ 返歌 のようなものです。


「だいじょうぶきみなき午後の花筏」

これは宇宙杯に出した俳句で、
ちょうどこのころ
ヒスイは親友を
見送りました。

あれから1年半たって
世界も
ヒスイの身の回りも
いろいろ変わって。

だけど
彼女の不在に慣れない、ということだけは
どうしても
変わらなくて。

秋になると
友人の好きだった
絹糸に似たモンブランを見かけては
春の花筏につつまれたようだった
親友の顔を
思い出します。

今日の短編は
そういうものです。


秋だからこそ
切ない午後がありました。


……ケロは
モンブランを3つ、一気に食べました(笑)


また、あした。

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