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「あの舌は、特急タイプ」ヒスイの毎週ショートショートnote

『世のなかの人間全員が、パソコンを持っていると思うなよ!』
ひそかに毒づきながら、俺は街を歩いた。

ついさっき、小説の持ち込みをしたんだ。
原稿は10万字、オール手書きだ。
だって俺、パソコンが使えないからさ…さすがにスマホで10万字は打ち込めなかった。

編集はこう言いやがった。
『手書き原稿は、受け付けていませんので』

はあ!?
じゃあ何かよ、お前ら、太宰が持ち込みしても、池波が持ち込みしても、断るのかよ!? 伊集院静はどうなんだ!?

……なんてことは言えず、俺はだまって原稿をしまいなおした。

くそ。自分のルールがすべてだと思うなよ……ん? 何だこの看板。

『文学トリマーいたします。タイプ付き』

タイプ付き? じゃあ俺の手書き原稿、タイプしてくれんの??
文芸トリマーの意味は分からないけど…。

俺は店先に座っている女性に声をかけた。

「あの、10万字のタイプっていくらです?」

彼女は顔も上げずに、爪を塗りながら答えた。

「1文字0.4円よ。10万字なら4万円」
「よんまん……」

安くもないが、カード払いならいける金額だ。
この原稿をそっくりデータ化してくれるなら安い。
あ、でも時間がかかるかもな。

「10万字だと、どれくらいの日数です?」
「にっすう? 時間のこと?
 明朝系なら2時間。デザイン系・筆系は3時間ね」
「2時間!?」

どんなスピードなんだろう。あれか、機械に読ませる系か?

まあいい。
どんな形であれ、俺の小説がタイプされて、データをもらえればいいんだ。

俺は財布を出した。

「頼みます。あの、まさか1時間ってのは、無理ですよね? 特急料金的なヤツはありますか」

彼女は顔を上げずに答えた。

「1時間? いいわよ。変なことを言うのね。時間をかけたほうが喜ぶかと思ったのに」
「……喜ぶ? だって、何でも早いほうがいいでしょ」
「名作には、時間をかけたがるって聞いたんだもの」
「ああ、まあ、そういうのも…だけどこれは、タイプだけだから。
 え、まさか、添削もできるの?」

女性は髪をぴょん、と跳ねさせて、頭上の看板をあごで指した。

「看板見た? ちゃんと『文学トリマー』って書いてあるでしょ。何ふうにでも、トリミングしてあげるわよ」
「じゃあ、純文学風にも?」
「太宰治、井伏鱒二、坂口安吾、夏目漱石、芥川龍之介ふう。できます」
「ラノベ風」
「川原礫、西尾維新、日向夏、朝霧カフカ、カルロ・ゼン」
「……まじか。じゃあ、俺、売れたいんで。カルロ・ゼンふうで、頼みます」
「1時間後に来てくれる?」

彼女は退屈そうに、そう言った。
俺はおそるおそる原稿を預け、

「いや、1時間ならこの辺で待ってますよ」
原稿がなくなったら嫌だからな。
彼女はあっさりとうなずいて、

「じゃ、待っててください」

と、封筒をもってコンビニみたいな店へ入っていった。

……10分後。何の音もしない。
……20分後。何の気配もない。
……30分後。何の変化もないんだけど!? っていうか、この店、電気すらついてないんだけどね!?

俺は不安になり、店のガラス戸を叩いた。

「あの! 金は払いますから、原稿を返してください!」
奥は真っ暗だ。
くそ、持ち逃げか!? あの原稿に、そんな価値があるとは!
書いた俺も知らなかったが!?

「くっそー! 未来の直森賞作品を返せよー!」
「え、直森賞ふう? だってカルロ・ゼンにトリミングしてって言ったじゃないの。直森賞なら、円城塔ふうって言ってくれなきゃ」
「ひええええ! どこから来たの? うしろ? いつ俺の後ろをとったの??」
「ああ、前に来てほしかったのかしら」
「俺の後ろに、音もたてずに立つようなまねをするな! 怖いだろうがああ!」
「えっ、そのセリフ…ゴルゴ13よね?
 さいとうたかをテイストも入れたかったわけ?
 もおおおお。注文は正確にお願いしますよ……はい、カルロ・ゼンふうにトリミングしました」
「……ほんとだ……10万字……たしかにカルロふう……だけど、40分しかたってないし、それにタイプ音もなかった」

はあ、と女性はため息をついた。
「タイプ音が欲しいなら、そう言ってよ。オプションであったのに」
「オプション!?」
「30分じゃ遅かった? もっと早く来ればよかったわ。何のために完成してから27分も待ったんだか」
「27分も待ってた? 3分で10万字をタイプしたのか? どうやって? 
どうやって!?」

彼女はヘンな顔をした。

「どうって、舌があるでしょ?」
「……俺の舌は、タイプできませんけど」
「その気持ち、わかるわー。あたしも1枚舌だから、3分かかるのね。4枚あれば1.6分で終わるんだけど。
それで、気に入ったの? 支払いは?」

俺はクレジットカードを出した。彼女はまじまじと、俺を見た。

「イ〇ンカード。それもフツウのやつ……」
「すいません! でも限度額は越えてませんし、払えますから!」
「こんなおいしそうなもの、あれだけの作業でもらっていいの!? いただきまーす♡」
「え……いただきま……えっ!? ぴぎゃああああ!」



1年後、俺の小説は直森賞を取った。
講評にはこう書かれていた。
『この世のものとは、思われないほどの斬新さ』
【了 改行含めず約2000字】

本日は、字数オーバーで、たらはかにさんの #毎週ショートショートnote  に参加しております。
お題は「文芸トリマー」。

ヘイちゃんは、ちゃんと字数で収めてますよー!
小粋な雰囲気があって、ヒスイは大好きです。

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#ひとり66日ライラン
#出戻りライラン・笑
#18日目

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